桜色の約束 | ナノ


老人から得た情報を頼りに城へと急ぐ。
私はかごめと共に犬夜叉の背中に乗り、ひたすら四魂のかけらの気配に神経を研ぎ澄ました。そうすることで少しでも余計なことを考えずに済むと思ったからだ。分かっている、そんな努力は無意味だ。これから七人隊と対面するというのに…。こんな調子で私は、私は…、

「……っ!おい!」

犬夜叉が沈黙を破ったのは、私がかけらの気配を感じ取ったのとほぼ同時のことだった。

「ひでぇ血の匂いだ!火薬の匂いもする!」
「四魂のかけらの気配もするわ!しかも沢山!」
「奴らに違いねぇ、飛ばすぞ!」

大地を強く蹴り上げ、走る速度が増す。
私は振り落とされないよう犬夜叉の肩にしがみついた。ふと自分の手元に視線を落とすと相変わらずその手は震えている。


ああ、この先に彼が…、
あの蛮骨が…、

どうしよう……
いや…だ…いやだ…嫌だ…
こわい…こわい…怖い怖い…

…怖い。


『犬夜叉…』
「どうした」
『下ろして……』
「あ…?」
「どうしたの?…葵さん!?」

私が発した一言で皆の間に困惑が拡がった。
余程酷い顔でもしていたのだろうか、かごめは私を見て刹那に目を見開く。

「顔が真っ青よ!気分が悪いの!?」
『大丈夫、先に行っててくれ』
「でも…っ!」
『案ずるな、すぐに追いかける』
「……分かった。気をつけてね」
「ちゃんと追いつけよ、葵」
『ああ』

心配させないために精一杯気丈に振る舞い、犬夜叉達を送り出した。


彼らの姿が見えなくなるとその場に力なく座り込む。怖かった。蛮骨がこの先にいると考えた時、最初に頭に浮かんだのはよりにもよってあの時の冷たい表情と言葉だった。

「冗談じゃねぇ。誰がお前みてぇな半妖と一緒になるかよ」

それは最後に見た彼の表情、最後に聞いた彼の言葉。私の中に残り続けた深い傷。
十五年ぶりに顔を合わせて、しかも今度は敵対する立場であって、もしも会ったらどんな顔をすればいいのだろう。

『(もう…)』

このまま、逃げてしまおうか。
どこか遠くへ、何なら海を渡って未知の国へでも…。


遥か遠くで火薬が爆ぜるような音が聞こえ始める。先程感じた四魂のかけらに、新たに二つの気配も加わった。以前に感じたことのある気配、恐らく鋼牙のものだと思われる。犬夜叉達もそろそろ七人隊と顔を合わせる頃合いだろう。

皆必死で闘っている。
大切なものを守るため。使命を果たすため。理由は人それぞれ違うのだろうが、一つの目的に共鳴して集まった犬夜叉一行。彼らは危険を恐れず目の前の敵に立ち向かう。
そんな中で私は一人逃げる。情けなくも彼らに背を向けて逃げるのだ。
仕方ない、私は彼らのように強くないのだから。私は…、


「弱いから?」


懐かしい声が、した。
聞こえたというより、頭の中に直接響くような…この声は一体…。
ゆっくりと顔を上げて、思わず目を疑う。
眼前に佇んでいたのはとうの昔に死んだはずの母、朧だった。

これは、夢なのだろうか…?

「また、そうやって逃げるの?」

驚きのあまり声をも出せない私に向かって母は静かに言葉を紡ぐ。その表情は悲しみに満ち溢れており、見ていて胸が苦しくなる。
悲しみの表情を浮かべたまま、母は無言で私の背後を指差した。振り返った先で私は再び信じられないものを目にする。
そこにいたのは幼い頃の私。そして、私を挟むようにして立ち並ぶ幼い蛮骨と蛇骨。二人とも私の手を握り、あどけない笑顔を浮かべている。懐かしい情景。それだけで目に涙の膜が張る。

「あの子たちはあなたにとって大切な存在ではなかったの?」

……大切に決まってる。
ずっと一人ぼっちだった私に初めて手を差し伸べてくれた恩人だ。今だって彼らを大切に思う気持ちに変わりはない。

「ならば立ち上がって。彼らと向き合うの。でなければ、」
『ぁ……』

二人の体がみるみるうちに脆く崩れ落ちてゆく。
私の大切な人達が消えてしまう。

「このまま逃げてしまえばきっと楽よ。だけどね、葵。このままだと彼らは破滅へ向かうわ。誰も幸せになんてなれない。それでもいいの?」
『……』

地面についた手に力を込める。

『……嫌だ。』

破滅なんて、させない。
手の震えはいつの間にか止まっていた。
漸く答えを導き出した私に、母は微笑みながら頷く。


「もしこの先にあるのが絶望だとしても、」

手にした槻弓に力を込めて立ち上がる。

「もう目を逸らさないで」

一歩ずつ、震える足を前へ推し進める。

「その上であなたがどんな道を選ぼうと私は、」

ふと、立ち止まって後ろを振り返った。
そこは先程までと同じ景色。無論母の姿もない。あれは幻だったのだろうか。それにしてはあまりにも鮮明。……いいや、考えるのはよそう。今は何より集中すべきことがある。

一度だけ深呼吸をすると、再び前へ踏み出そうと片足を地面から浮かせる。
その時、背中を押された気がした。

優しくそれでいて強い、母のような手に。



「……あなたを、見守っているわ」


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