『…これが白霊山』
目の前に広がるのは高々とそびえる立派な霊山。あまりの清浄さに思わず息を呑んだ。
睡骨の一件から一夜明け、私と犬夜叉一行は白霊山を一目見てみようと山の麓まで足を運んだ。白霊山の存在は噂には聞いていたものの、まさかここまで清浄な気を発しているとは…。
「これは犬夜叉や葵様とて気分を害されるのでは…」
弥勒が言う傍らで、犬夜叉は早速山の方へと一歩二歩近付いていく。だが刹那に火花のようなものが散り、彼の足を止めた。
「これは、結界じゃねぇか!」
「恐らく聖域を守るために張ったのだろう」
『……』
私は恐る恐る手を伸ばす。
刹那、指先に電流のような衝撃が走る。やはり私でも結界に拒絶されてしまうようだ。
「お前でも駄目なのか」
『…あぁ』
「しかしこれではっきりしたな、犬夜叉。この結界を利用して奈落が身を隠しているかもしれんと思ったが…」
「あぁ、無理だ。奈落みてぇな邪気の塊、山に踏み込んだら一瞬で浄化されちまうぜ」
奈落はここにいない。実際ここを訪れて、それは確証へと近付いた。
だが、本当にそうだろうか。もし何らかの方法でここに身を隠すことができたなら、これ程安全なことはないのに…。
*
その後、私達は暫く白霊山を探索したが、大した手掛かりは得られなかったため山を下った。現在は麓の人里に沿い、特に目的もなく歩みを進めているといった状況だ。
これから何処へ向かおうか。どうするにしても犬夜叉一行とはここで別れることになるだろう。共に行動した時は短かったけれど、彼らの傍はとても居心地が良かった…。
思わず寂しいだなんて感情を覚えてしまい、ひとり俯く。
「ねえ、葵さん」
『……何だ』
「ずっと考えてたんだけど、よかったら私達と一緒に行きましょうよ」
『……っ、』
息をのんだ。突然、何の前触れもなく出された提案に驚きを隠せない。
今まで俯けていた顔を上げれば、皆の眩しい笑顔がそこにある。
「目的は皆同じじゃない?だったらその方がいいと思うの」
「そうだよ、こうやって出くわしたのも何かの縁だしさ」
「私は美しいおなごが増えるのは基本大賛成ですよ……っあいたたた!!髪を引っ張らないでくださいよ珊瑚!抜けてしまうではありませんか!」
「そのまま全部抜け落ちてしまえ!」
「まぁまぁ、落ち着いて珊瑚ちゃん。…ねえ、犬夜叉もいいでしょ?」
「ケッ、まぁた重荷が増えるぜ!」
そっぽを向いてぶっきらぼうに言葉を紡いだ犬夜叉を笑いながら、かごめはそっと私に耳打ちをする。
「犬夜叉、ああは言ってるけど本当は葵さんのこと大切な仲間だと思ってるのよ」
『……そうか。ありがとう。』
自然と出た感謝の言葉。
自然と浮かんだ笑顔。
仲間だなんて私には一生縁のない言葉だと思ってた。心が温かくなる、その気持ちを心地良く思いながら彼らの隣を歩く。
だけど、彼らの優しさに甘えることはできない。できるはずがない。だって私は…、
「おめぇさん方!こんな所でうろうろしとると城の連中にとっ捕まるぞ!」
不意に背後から声が掛かった。振り向くとそこには顔を青くしてこちらを見つめる老人の姿がある。皆が呆然と顔を見合わせる中、弥勒は老人の方へと歩みを進めた。
「失礼、近々戦でもあるので?」
「いやぁ、それがの。つい先日城に予告状が届いたそうじゃ。城の家宝を盗りにくると。それで今城の連中は若い男を手当たり次第とっ捕まえて戦力として城に集めておる」
『家宝…』
「ケッ、たかが盗っ人の相手を村の男にさせるってのかよ」
「いや、それがただの盗っ人じゃないようでのう…」
老人は更に顔を青くして細い声を出す。
「おめぇさん方、知っとるかの。七人隊のことを…」
途端、私から先程までの笑顔が消えた。
その後の老人の話によるとこの先、山を切り開いて建てられた城があるらしい。その城の領主は十五年前、七人隊の討伐を企てた張本人なのだとか…。そして討伐後、七人隊の首領の武器を家宝にしているということだ。
「つまりはその城に七人隊が現れるってことなんだな!」
「行き先が決まりましたね」
「ああ、今度こそけりをつけてやるぜ!」
七人隊の首領、それが蛮骨だ。間違いない。
その蛮骨が武器を取り返すため、まもなく城に現れる――。手が震え出すのが分かった。しかし誰も私の変化に気付く様子はない。
「おぶされ、葵!」
急げと言わんばかりに犬夜叉がこちらに背中を向ける。まさかこの状況で行きたくない、などと言えるわけもなかった。
どうしても避けられないのか…。
蛮骨との再会は。
震える手で犬夜叉の肩を掴んだ。