桜色の約束 | ナノ


四方八方から聞こえる悲鳴。村人の住まう家は炎に包まれ、空にはおびただしい数の妖怪。その様はまさに地獄絵図。
私は些少の霊力で襲い来る妖怪を撃退しつつ、住まいに戻った。そこで漸く蛮骨を見つけたのだ。炎の赤色に染まる部屋の中、彼は私に背を向け佇んでいる。


『何処にいたんだ!お前が渡したいものがあると言うから私は…。兎に角今は逃げよう、あれだけの数は私も祓いきれない』
「……」
『蛮骨?』


全くもって身動きしない蛮骨に違和感を覚え、彼の腕に触れる。ちょうどその時だった。突如蛮骨は振り返り、私の肩を掴んで強く引き寄せた。


『…っ、蛮骨!?』


こんな状況下においてさえ、顔に熱が篭るのを感じる。そんな私を更に力強く抱きしめ、彼はこう言ったのだ。


「お別れだ、葵」
『え……ひっ!』


背中に走った鋭い痛み。刺すような痛みはほんの一瞬で、それからはまるで火を付けられたような熱とともに激痛に襲われた。


『く…うぅ…っ』


ガクリと膝の力が抜け、体が下へ下へと落ちる。すると今まで私の腰にまわっていた彼の腕があっさりと離れた。
何の支えもなく地に倒れこんだ私が見上げた先には農作業用の鎌を持って薄笑いを浮かべる蛮骨の姿。


『な、んで…?』
「まさか、まともに俺と一緒になる気でいたのか?」
『…だって』
「クッククク…冗談じゃねぇ。誰がお前みたいな半妖と一緒になるかよ」








―――
――



『…っ!』


目を開けば、視界が捉えたのは薄汚れた天井。
どうやら夢を見ていたようだ。ゆっくりと布団から起き上がり、跳ねる心臓を落ち着かせるために胸に手を当てて俯く。

悲しくて、おぞましい夢。しかしこれは架空の出来事ではない。これこそが十五年前に起こった惨劇の一部始終。ただの夢ならどれほどよかったか。


「大丈夫ですか?」


ふんわりと部屋内に明かりが灯ると同時にその声はした。見れば睡骨は庵の傍に座り、私の顔色を心配そうに窺っている。


「大分うなされていたようですが」
『いえ、大したことではないのです。ただ、恐ろしい夢を見てしまって』
「そうですか、私も同じです」
『睡骨様も?』
「ええ、時折見るんです。…お茶を入れました。まだまだ夜明けまでは長い、ゆったりと話でもして過ごしませんか?」





それからは私と睡骨、二人で他愛のない話をして夜を過ごした。
子供達のあどけない言動や村での穏やかな日々。毎日がとても楽しいんですよ、と睡骨は嬉しそうに言う。


「あぁすみません。私ばかり話をしていますね」
『いいんです、もっと聞かせてください。貴方とこうして話をしていると、とても穏やかな気持ちになれるんです』
「そうですか?」
『はい』


勿論本音だ。こうして誰かとのんびり話をすること自体久々過ぎて、懐かしい。
私はやっぱり人が好きなのだ。残念ながらその想いは届くことはないけれども。


「ならば、ずっとここにいませんか?」
『え…』
「巫女としてではなく一人の女性として、ここで生きてはくれませんか?」
『でも、私には…』
「生きる道は己で作るものですよ。貴女には幸せになってほしいんです」


そしてどうか私にその手伝いをさせてください。
その言葉はまるでまじないのように―、


『ありがとうございます、睡骨様』


―私の冷え切った心に暖かな風を吹かすのだ。


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