桜色の約束 | ナノ


静寂を纏う森の中、紺青色の髪をなびかせ私は走る。
ふと立ち止まり、振り返って見れば自分の血が点々と落ちていた。身に纏う巫女装束も既に真っ赤。背中に手を回せば途端に感じる鋭い痛み。案外傷は深いらしい。ただ半妖の私にとって何てことない。半日もすれば塞がるはず。それより問題は心の傷。痛くて痛くて堪らない。心臓の位置へ手を滑らせ、衣の上から押さえてみるも痛みは一向に治まらないのだ。


「心が痛いか?葵」

突如、その声とともに暗闇から狒々の皮を被った男が現れた。男は私を見て、嘲笑うかのように言い放つ。

「信じた男に傷つけられるとは、さぞかし辛いだろうな」
『一体何者なんだ貴様は!目的は何だ!』
「目的…か、わしが望むのはただ一つ。四魂の玉を手に入れ、黒く汚すこと」
『…四魂の玉、だと!?』

四魂の玉…聞いたことはある。今から三十五年前に巫女と共に葬られた玉だと。
だけどそれは私が生まれる前の話。幼い頃から聞かされたお伽話みたいなものだ。勿論私はその実体を目にしたこともない。

『何かの間違いだろう?私も母上も四魂の玉に関わりなど…』
「例え関わりがなかろうと貴様ら巫女は存在自体が邪魔なのだ。この奈落にとってな」

男が笑うと同時に狒々の皮から高濃度の瘴気が溢れ出す。
直ぐに結界を張らねば身が危ない。頭では理解していても、実際身動きすらできなかった。霊力も低下している今、戦う術もない。もはやここまでと、遂には死をも覚悟する。
だが、そんな時あいつの顔がふと頭に浮かんできて。死ぬ前に一つだけ、心残りが出来てしまった。

『私を殺したいなら好きにしろ。ただ一つだけ約束して欲しい。蛮骨には手を出さないと』
「…そんなにあの男の身が心配か?」
『約束しろ!』

答え次第では首だけになっても殺してやる、そんな思いで目の前の男を睨みつけた。しかし男は怯みもしない。私に向かって淡々と言葉を紡ぐ。

「フン、心配せずとも無力な人間の男など殺しはしない」
『…そう、か』

その言葉を聞いて心底安堵する自分が居た。
流石に笑えてくる。あの人が無事に生きてればもうどうでもいい…なんて考えてる自分が可笑しくて。


やっぱりあいつは私にとってかけがえのない、大切な人だ。傷つけられた今でもそれは変わらない。
でも、間違っても愛しちゃいけなかった。友人で留まっておけばよかったんだ。巫女を捨て、あいつと共に生きようとするから、だからこんなことになった。
失う苦しみを知るくらいなら、一人で居た方がマシだったのに。


赤い糸を信じた矢先の切断


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