桜色の約束 | ナノ


蛇骨が去ってからどれくらいの時が経ったろうか。
私は今も立ち尽くし、彼が消えていった森の奥をひたすら見据えている。

彼らに一体何があったのか。何故、蛇骨は私を恨むようなことを言っていたのか。
…分からない。ただ一つはっきりとしているのは、これはただの偶然ではないということ。全て奈落が仕組んだことだろう。
奴の狙いは何となく予測がつく。奈落は私を蛮骨と再会させたいのだ、敵同士として。


『…っ』



―ポツン


唇を噛みしめ、悲愴にくれる私に追い打ちをかけるかのように雨が降り出した。
見上げた空は曇天。落ちる雨は忽ち土壌を真っ黒に染め上げ…。私は雨を身に纏い、静かに目を閉じた。








*

ぽちゃん。葉から滴り落ちた水滴が水溜まりを打つ。


あれから雨を凌ぐため洞窟に移動したが、いつの間にか眠りに就いたらしい。目を覚ました頃にはすっかり雨は止み、洞窟の中に日の光が差し込んでいる。


背伸びをすると、脱いで膝にかけていた衣をはたいて水分を飛ばす。すると、ふとした拍子に玉響の念珠が袂から滑り落ちた。
袂に入れていてはまた落とすやもしれない。とりあえず衣の上から首に掛けた、ちょうどその時だった。


「きゃあ!!」
『!』


その悲鳴が洞窟から出ようとしていた私の足を止める。
顔を向けた先では激しく葉が揺れていた。間もなくそこから姿を現したのは籠を背負った少女、そしてそれを追う猪の妖怪。両者の姿を目にすると、弓を握り締めて少女のもとに急ぐ。しかし――、


『ハァ…ハァ…ッ?』


すぐに異変に気付いた。体が重い。もっと速く走れるはずなのに、足が思うように動いてはくれないのだ。遂には足が縺れて前のめりに倒れ込んでしまう。


「助けてェェ!」
『くっ…!』


目前で少女は倒れこみ、その隙に妖怪が襲いかかる。それを見た私は地面に座りこんだ状態で弓矢を構えた。


バシュッ!

「グアァァッ!」


放った矢は光を帯び、見事妖怪の腹部に命中。木端微塵に吹き飛んだ。



『ハァ…っ』


他に妖怪の姿がないことを確認すると、そこで漸く安堵の息をつく。

これだけで息が上がるとは…、本当にどうしてしまったというのか。
息を荒げながら、項を垂れる。当然、重力に従ってサラサラと落ちてくる自分の髪。だがその髪が不意に視界に入った刹那、あまりの衝撃に息を呑んだ。

驚かずにはいられない。何しろ紺青色だったはずの自分の髪が黒く変わっているのだ。まるで人間の様に。


「…巫女様?」
『っ!?』
「あの、助けてくれてありがとう」


少女は私の近くに寄るとふんわりと笑う。私の姿を目にしても、少女の顔に恐れは一切見受けられない。自分の身に何らかの変化が起きていることは最早明確だ。


『変なことを聞くようだが、私の目は何色に見える?』
「え?えっと、こげ茶かな」
『!!』


漸く確信した。今の私は人間の成りをしているに違いない。思うように体が動かなかったのも筋が通る。そして私を人間にしたのは恐らく…。
首に掛かる念珠にそっと触れ、冥加の言葉を思い出す。


「これは玉響の念珠といいましてな。妖力を封じ込める数珠なのですじゃ」


『…成程な』
「え?」
『いや、何でもない。それより怪我はないか?』
「うん。ただ帰り道が分からなくて。これからどうすれば…」
『案ずるな、私が村まで送り届けよう』
「本当?」


頷くとそれまで涙を浮かべていた少女に笑顔が戻る。その笑顔はまるで花開くように愛らしい。傍にいるだけで心のわだかまりが解れる、そんな気さえしたのだ。






その後。私は少女、千代と森の出口を探して歩き続けた。


『ところで千代はどうしてここに?』
「うん、あのね…赤ちゃんが熱を出しちゃったから、薬草を取りに来ようと思って」
『そのことはお父上とお母上も知っているのか?』
「…いないよ。おっとうとおっかあは病気で死んじゃったから」
『…そう、か』
「でもね、寂しくないんだよ?同じ境遇の子が沢山いるし、それに何より…お医者の睡骨様がいるから!」



千代が嬉しそうに紡いだその名に足が止まる。
凶骨、蛇骨、そして蛮骨。彼らの名と共通点を持つ「睡骨」に不審を抱かずにはいられなかった。


「どうしたの?」
『千代、その睡骨という人は――』



―ドクン


『…!』


突如、感じ取った気配に言葉は遮られた。
これは四魂のかけらの気配。しかも前方からゆっくりとこちらに近づいてくる。私は千代を背中に隠し、近付いてくる気配に意識を集中させる。


「葵様?」
『静かに!』



やがて、ガサガサと草が激しく揺れる音を聞き取った。

四魂のかけらを持つ者は間違いなくこの近くにいる。私は警戒心を最高潮まで引き上げ、弓を強く握りしめた。


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