蛇骨と初めて出会ったのは、幼少期。
その頃から既に女に対して嫌悪感を顕著に示す奴だった。私とて例外ではなく、相当毛嫌いされたのを記憶している。
ただ、時の力とは本当に不思議なもの。共に時を共有するにつれて、蛇骨は徐々に私に心を許すようになった。
接するようになって分かったことだが、彼は喜怒哀楽がはっきりした男だ。
嬉しいことがあった時は本当に楽しそうに笑うし、気に入らないことがあれば頬を膨らませて拗ねてみせる。大人になっても何ら変わらない。まるで子供がそのまま大きくなったような人。私はそんな彼が羨ましかった。過去のしがらみなんかに囚われず、自分の感情に素直になれる蛇骨が――。
だけど、
『蛇骨…』
十五年ぶりに見る彼の顔にはほとんど表情というものがない。
私の顔を見た瞬間動揺したようにも思えたけれど、また無表情に戻ってしまった。今はただその瞳に私の姿を映すのみ。
『お前が亡霊…?』
できるものなら否定したい。だけど、目に見える真実はどうやっても曲げられなかった。
蛇骨の首元で光り輝くのは紛れもなく四魂のかけら。鋼牙が倒した亡霊、凶骨と同じ。
ここまでくるともう偶然だとは思えない。
『ならばもう、死んでいるというのか?』
カタ…と音をたてて地に落ちる弓矢。
私はそのまま武器を放って蛇骨へ近付いた。
「…葵」
対面して、漸く間近で見れた懐かしい友の顔。その声も顔も…。昔と何も変わっちゃいない。
だけど、変わらないのはヒトじゃないから。
『どうして、あれから何があった…!』
「どうしてって、分かんねぇの?」
『え…』
「全ては十五年前のあの日、おめぇが裏切ったことから始まったってのに」
『裏切…何を言っている』
ガチャン
突如、耳の側で響いた重い金属の音に全身の筋肉が硬直した。
視線を斜め下へやれば、鋭く光る白銀が見える。いつの間に刀など手にしたのか、その刃は私の首元へ添えられていた。
「忘れたとは言わせねぇ」
『蛇骨…』
「俺はおめぇを許さねぇ。兄貴だって同じ思いだろうよ」
『…っ』
兄貴、その二文字に心臓が跳ねる。
蛇骨が親しみを込めて兄貴と呼んでいた人物には覚えがあった。否、覚えがあるどころか。その人物こそ私が恋慕い、共に生きようとした男(ひと)だ。
『いるのか、あいつも』
「…ああ、いるよ。俺ら七人隊の頭、今は蛮骨の大兄貴だ」
『……』
くらり、眩暈がする。
蛇骨が亡霊だと分かった時点で、薄々予想はしていたのだ。ただ、実際に彼の口から事実として突きつけられると、やはり衝撃を受けずにはいられない。
『いま、どこに…どこにいる!』
「さぁな、知んねぇよ。ただ一つだけ言っとく、おめぇは大兄貴には会えねぇよ。だって――」
おめぇの命は俺が貰うから。
蛇骨の口元が怪しく緩む。
私の首筋には刃が軽く押し当てられていて。なのにも関わらず、私は自分でも不思議なくらい平静でいた。無論、平静なのは上っ面だけに過ぎないが…。
「昔の俺とは違うんだ。人なんか簡単に殺れるぜ?」
『…私は人ではない。簡単に死にはしないさ。それに、お前の雇い主がそうはさせまい』
「…あ?」
彼は眉をつり上げ不審を露わにした、その時だった。大きな羽音とともにどこからか不気味な虫が現れた。蛇骨の側に寄ると、彼の方を向いて空中を飛び続ける。
暫くして、蛇骨は眉を寄せた。虫から何か指示を受けたらしい。
一体何を伝えられたのか、苛立ちをあからさまに表情に出し、私の首元から刀を離す。
それからは何を語るわけでもなく、ただ私を一睨みすると、背を向けて駆け出した。
『蛇骨!』
遂に彼は振り返らず、深い森の奥へと消えていったのだ。
未だ靄が心を覆ったまま、立ち尽くす私一人をこの場に残して…。