最年少で七人隊の首領。今まで六人の弟分達を腕っ節で纏めてきた。力なら誰にも劣らねぇ。
けど、そんな俺にも悩みがある。それは、
「本当に可愛いなァ、蛮骨の大兄貴」
ある日の午後、廊下を歩いていた俺に届いたその声。振り返ると蛇骨の姿がそこにあった。うっとりとした表情で俺を見つめている。正直なところ、この表情を向けられると毎回背筋が凍る。
「気色悪ィこと言ってんじゃねぇよ」
「だって本当のことだもん」
「…あのなぁ」
可愛いとか言われても全然嬉しくねぇ。しかも男にだぜ?
「ったく、俺のどこが可愛いってんだ」
「ん…、そうだなぁ」
蛇骨は俺をじっと見る。そして一言。
「ちっちゃいところとか?」
その時、俺の胸に何かがグサリと刺さった。
「腕の中にすっぽり収まるこの大きさ、堪んねぇよなァ」
蛇骨は目を輝かせ、語り始める。
分かってはいるんだよ。別に悪気があって言ってる訳じゃないって事は。蛇骨とは一番付き合いが古いから、こいつの性癖は嫌と言う程知ってる。今更怒ったところで改善されることはないだろう。だから俺は一つ溜息をつき、蛇骨を置いて再び廊下を歩き始めた。
俺の悩み、それは身長。見て分かるだろうが、俺は七人隊の中で霧骨に次いで身長が低い。凶骨は例外だとしても、蛇骨達と比べると一頭身以上差がある。
俺が格別低い訳じゃねぇ。あいつらがでかすぎるだけだ。
…別に、あいつらより背が小さかったとしても何ら不便はない。今までは大して気にしなかったし、いつまでも悩むのは性にあわねぇ。だけど――
『蛮骨!』
自分の名を呼ぶ、その女は名前。俺の女。
振り返るとあいつが廊下を走って来ていた。俺の前へたどり着くと勢いよく抱き着く。その小さな体をしっかりと受け止めると、ふと笑みが漏れた。
「走らなくたって逃げやしねぇよ」
『だって早くこうしたかったんだもん』
頬を赤く染め、ギュッとしてくる。
本当に可愛い奴。愛しさのあまり無意識に手が伸び、名前の頭を優しく撫でてやると、照れたように笑う。
俺が身長だなんてちっぽけな事を気にしだしたのは多分、こいつのせいだ。名前に惚れてからというものの、自分の短所が気になって仕方ねぇ。
それは、惚れた女の前ではいつも完璧な男でありたいと思うから。いつも、いつでも、いつまでも俺を見ていて欲しいと思うから。
だからだ。向上心を持てば持つほど、いつもなら気にならない悩みも重大なことのように思ってしまう。
情けねぇとも思った。名前に惚れたからといって自分の短所を気にするなんて。だけど、それだけ俺が名前を愛してるってこと。
突如、名前の腕の力が弱まった。そのまま顔を上げ、真っすぐ見つめてくる。
だからやべーって…。
この顔に何度理性を打ち砕かれそうになったことか。それでも必死に堪え、何とか平然を装う。
「どうした」
『蛮骨、ちょっと身長伸びてない?』
「そうか?」
『うん』
名前は一つ頷き、何故か不機嫌になる。
「何怒ってんだよ」
『だって』
消え入りそうな声で呟いては俯く。その時、名前の顔は真っ赤に染まっていた。
不機嫌になったり、恥ずかしがったり…一体何なんだよ。女心っつーのはたまに理解し難いところがある。まさか何か悪いことをしてしまったのか…と考えていた、その時だった。
名前が俺の首の周りに腕を回す。同時に背伸びをし、顔を近付けてきた。これには流石に平常心を保ってはいられない。
「おい!何を…」
最初こそ抵抗したが、目を細めて顔を近付けてくるその表情が色っぽくて、気付けば俺も目を閉じていた。だけど中々触れてはくれず、もどかしくなって目を開ける。
名前の唇は重なる寸前で止まっていた。結局触れることなく離れていく。
『やっぱり届かないや』
「名前、一体どうしたんだよ」
目を伏せ、悲しそうに呟く名前に意を決して問いただす。すると彼女は揺れる瞳に俺を映し、口を開いた。
『蛮骨が大きくなっちゃったら…あたしから口付け、出来なくなるよ?』
「え…」
『そんなのやだよ』
何てこった。惚れた女のその一言は俺の悩みを一瞬にして消しちまった。
『だからね、もうこれ以上大きくならないで?』
着物を掴んで必死に訴えかける、そんなお前見てると何だかいじめたくなんだよな。
「悪いがそれは約束出来ねぇな」
『え…』
「俺ァまだ十七だぜ?いくら望んだって伸びるに決まってらぁ」
悪戯に笑うと名前はシュンと落ち込んだ。
「ま、でも――」
『わっ…!』
名前を抱え上げ、その腰に腕を回す。必然的に名前が俺を見下ろす形になった。
「こうすりゃお前からも出来んじゃねーの?」
『…っ!』
段々と赤くなる頬。その照れた顔も大好きだ。
コンプレックス
君さえいれば
短所も長所に...
(でも不意打ちはできないよね)
(不意打ちなんざ十年早ぇ!)
fin.
2011/8/10
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