log (〜2012) | ナノ


この春、遂に私は高校生デビューを果たした。
最初はやれ入学式だのやれクラス分けだの…、如何にもといった行事にそれはもう心を踊らされたものだ。だが、数日が経てば新入生気分にもピリオドが打たれる。校内案内、部活紹介などあらかた行事が終了すれば残るのは授業のみ。無論勉強が嫌いな私にとって毎日が眠気との戦いだが、それでも高校生として平凡と呼べる日常を送っていた。



噂のあいつ
  episode1



それはある日常の一コマ。早速出来た友達、かごめと話に花を咲かせていた。話題はウチの学校で何かと噂されている先輩のこと。

「この前は不良生徒と暴力沙汰を起こしたそうよ」
『よく退学にならないね、その人』

各方から聞くある噂話。二年の男子、名前は何だったか。確か軟骨とかそこら辺だった気がする。その先輩がやたら問題を起こしているようで…。例えば派手な喧嘩を起こして公共物を破壊したり、7×7が出来なかったり。とにかくヤバい人だから関わるな、長いおさげ髪を見つけたら全力で逃げろとのお達しが新入生まで届いた。

「ケッ、そんな噂が立つ野郎ほど実は大したことなかったりすんだよ」
『なぁに、犬夜叉。聞いてたんだ』
「掛け算が出来ねーとかどんだけ馬鹿なんだよ」

カタカタと揺り籠のように椅子を揺らしながら、馬鹿にしたように鼻で笑う。そんな犬夜叉を見て、私とかごめは互いに顔を見合わせた。そして再び視線は彼へ…。

「そういうアンタはちゃんと出来るんでしょうね」
「バッ…当たりめぇだろーが!馬鹿にすんじゃねー!」
『じゃあ、7×7は?』
「え、えっと……54!」
『……あ、かごめ。私ちょっとパン買ってくるわ』
「いってらっしゃい!」
「スルーかよ、おい!」

マジなのか冗談なのかは知らないが、最早ツッコむのも面倒臭い。構えと言わんばかりに吠える犬夜叉はかごめに任せて、私は売店へと向かうことにした。勿論今日の昼ご飯を確保するためだ。
ここのパンは値段の割に結構美味しくて、生徒に大人気。でも、だからこそ売店に行くのが少し嫌だったりする。ショーケースに群がる人を掻き分け、目当てのものをゲットするのにどれだけのHPを消費するか…。というか私の場合、大抵パンを掴む前にHPが0になるけど。

『今日こそは…!』

グッバイ、気弱な私。バーゲンへ出陣するオバチャンの如く、強く勇ましくあれ!
自分を奮い立たせるようにぶつぶつ呟き、毅然たる態度で売店の扉を開く。だが、

『え…え゙えぇっ!!』

刹那、私の意気込みは驚きを含んだ母音の言葉で塗り替えられ、消失してしまった。目に飛び込んできたその光景に開いた口が塞がらない。何しろいつも生徒で溢れる売店はガランと静まり返り、客は男子生徒一人だけなのだ。何て不気味な光景…!
しかしこれはこれでチャンスに違いない。今のうちにと唯一の客である男子生徒の隣に並び、昼ご飯になりそうなものを物色し始める。

『(あっ、これ…!)』

ショーケースを見回すと、ふと目に留まったのは焼きそばパン。校内で伝説と称される代物だ。食べるどころか目にしたこともないのに…。あぁ、きっと神様が私に情けをかけてくださったに違いない。心中で神様に感謝の意を述べ、焼きそばパンへと手を伸ばした。その時だった。

「おい、肩に蜘蛛が乗ってんぞ」
『えっ!?…ウソっ、ぎゃあ!』
「動くなよ。取ってやるから………ほら取れたぜ」

いつの間に付いたのか、埃程小さな蜘蛛が肩から腕の付け根辺りを這っていて。隣にいた男子が私の肩を軽く掃いて、スムーズに取ってくれた。念のために敬語でお礼を言えば「おー」とルーズな言葉を返し、パン片手にふらりと扉の方へ向かって行く。こんな風にさりげなく優しくできる男子ってかっこいい。理想の男性を目の前にして心臓が動きを早めたのを感じつつ、ショーケースへと視線を戻した。するとまたもや信じられない光景が、

『は…!?』

つい今まで目前で輝きを放っていた校内伝説が忽然と姿を消している。まさかと思いつつ扉へと視線を向ければ、そのまさか。焼きそばパンは男子の右手にしっかりと握られていて。その瞬間に理想の男性は憎しみの対象へと変わった。

『ちょっと、卑怯じゃないですか!?』
「……あァ?」
『焼きそばパン、私が買おうとしてたのに!!』
「ハッ…ちゃんと掴んでおかねぇお前が悪いんだろ?」
『なっ…!』

確かに、確かにそうかもしれないですけれども。はいそうですかと引き下がる訳にもいきません。

『待ちなさい、卑怯者!』
「あでででっ!!」

足止めせねばと咄嗟に男子の背中を追いかけ、腰辺りで揺れる黒い綱を掴んだ。すると途端に悲痛な声が響き渡る。
あれ…私、今何を掴んだ?何でこの人痛がってるの?まさか…、まさかねとは思いつつ自分の掴んだ黒い綱を注視すれば、それは綺麗に編み込まれた三つ編み。しかも、男子の後頭部へと繋がっている。

『おさげ…?』

あちゃー、髪の毛掴んでたのか。そりゃあ痛いわ。……だなんて悠長なことを言ってる場合ではない。私の手の中にあるのがおさげ髪だと分かった瞬間、頭の中で警鐘が鳴り響いた。しかしただ鳴り響くだけでいざ逃げようとしても全身の筋肉が硬直してしまい、一歩たりとも動けやしない。蛇に睨まれた蛙とはまさにこのこと。

「てめェ…、何しやがる」

“長いおさげ髪を見たら全力で逃げろ”
耳にタコが出来る程聞いた忠告もいざという時、何の役にも立ちやしないのだ。


噂のあいつと初遭遇
きっかけは焼きそばパン

(あの、人違いだったらごめんなさい。もしかして軟骨先輩ですか?)
(……人違いだ)

To Be Continued...

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