時間って不思議よね。
楽しい時間はあっという間に過ぎていってしまうのに、嫌な時間ほど永遠のように長く感じる。
あたしはこの時の錯覚に悩まされている。
でも決して楽しい気分なんかじゃない。なのに時の流れが早いと感じるんだ。
『はぁ…』
勉強机に置かれたデジタル時計は相変わらず無言で時を刻み続けている。
気がつけば既に23時50分、日付が変わる10分前。
『……もうすぐ終わっちゃうな』
ご丁寧に秒数まで表示されているデジタル時計。
暫くこの時計とにらめっこをしていたが、先に折れたのはあたしの方。時計なんか、もう見たくない。
時間が過ぎることをこんなに疎ましく思ったのは初めてかもしれない。
それもこれもみんな今日という日のせいだ。
今日はあたしの誕生日。恋人と過ごしたいと思っていた特別な日。だけど結局それも叶わなかった。
理由は一つ、彼はあたしが暮らしている時代の人間ではないから。
井戸で繋がるもう一つの時代、戦国時代。
恋人である蛮骨はそちらの時代に生きる人。
双方の間に500年もの差があれば、当然ジェネレーションギャップも深くなるわけで…。誕生日もその内の一つ。戦国時代には生まれた日を祝うという習慣はまだできていないらしい。
戦国時代で何気なく煉骨に誕生日のことを話した時にそのことに気付き、蛮骨には誕生日のことを話せなかった。話したところで生まれた日を祝う意味なんて知らないし、「だから?」って言われるに決まってる。
知らないとはいえ、だから?なんて言われたら傷付くし、話さないで正解だったかも。
でも、やっぱり何だか――
『寂しい』
静寂の中、呟いてみる。だけど誰かが答えてくれるわけでもなく、机上には教科書とノートが乗っている状態。
日付が変わるまで、あと5分と少し。
『…勉強しよ』
勉強に没頭すればきっと忘れられるはず。そう思い、頬を軽く叩いて気合いを入れる。そしてペンを握り、ノートに書き込もうとした。
だがその時、コツンと窓の方から音が聞こえた。
虫が窓にぶつかったんだろう。大して気にも止めず、勉強を続ける。
しかし、その間も音は鳴り止まなかった。コツン、コツン…と一定のリズムで鳴り続ける。
『〜っ、何よう!』
流石に集中が途切れ、音に意識が向き出した。
苛立ちながらも立ち上がって窓へと向かい、閉まっていたカーテンを勢いよく開ける。
『…っ!?』
一瞬、本気で心臓が止まるかと思った。
カーテンを開けて最初に目に飛び込んできたのはこの世で一番大好きな人の姿。
『蛮骨…?』
窓の外にいたのは他の誰でもない、蛮骨だ。何故か向かいに立つ高い木の枝に座っており、こちらを真っすぐ見据えている。
何で蛮骨がこっちに!?
頭の中はパニック状態。
カーテンを握りしめたまま、蛮骨を見つめて固まってしまった。
一方、蛮骨はあたしに向かって何かを言っているようで絶えず口を動かす。
声は聞こえないが、口の動きからどうやら“開けろ”と言ってるみたい。
それに気付き、慌てて窓を開けると蛮骨はどこか安堵した表情で笑った。
「ったく、やっと気付いたのかよ」
見たかったその顔。
聞きたかったその声。
会いたかった愛しい人。
何故か涙が出そうになる。いつも顔を合わせているはずなのに、まるで何年かぶりに再会を果たした気分。
『どうして、ここに』
「それは、とりあえずそっちに行ってから話す」
『そ…そっちって』
家の中に入るってこと?じゃあ玄関の鍵開けないと。そう思い、蛮骨に玄関へまわるよう伝えようとした。だが、言うより先に蛮骨は枝の上に立ち上がる。
「いいか?ぜってぇ、そこから動くなよ」
『え…?』
この時、あたしには彼が何をするつもりなのか予想すらつかなかった。
だが次の瞬間、蛮骨は常人では絶対しないだろう行動を起こす。
『え゙っ…』
まさかの行動に思わず口をあんぐりと開ける。なんと蛮骨は木の枝という不安定な足場の上で屈むと、そのまま勢いよく跳び上がったのだ。
どうやら玄関からまともに入ってくる気なんてなかったみたい。その木から家の屋根までには結構な距離があったのに関わらず、彼は難無く飛び越えてしまった。屋根の上に綺麗に着地すると、あたしがいる部屋の窓の前へと近寄る。
『どうして…』
蛮骨を目前にしてそれより先の言葉が出ない。何故なら彼が怒っていたから。
「どうしてだァ?それはこっちの台詞だ」
『え…?』
「今日はお前が生まれた日なんだってな。何で一番に俺に言わねぇんだよ」
思いがけなかった言葉に息をのむ。煉骨ったら口が軽いんだから!でも、それでどうして怒るの?
『…だって蛮骨は生まれた日を祝う意味を知らないでしょ?だったら言ったって仕方ないし』
語尾に向かって段々と声が小さくなっていった。遂には手まで震え出す。
知らないなら知らないままでよかったのに…。
ひとしきり理由を話し終えると、蛮骨は短く溜息をついた。
「確かに、俺は生まれた日を祝う意味なんて知らねぇよ」
その言葉に俯いて黙り込むと、蛮骨はけどな、と続ける。
「お前が生まれて来なけりゃ、俺はお前に出会えなかったんだからな」
『…蛮骨?』
手が肩の上に置かれる。
顔を上げると、大好きな彼の優しい笑顔が目の前にあった。
「だったら、お前が生まれたこの日が俺にとって特別じゃねぇわけねぇ」
彼の大きな両手が優しく頬を包む。そのまま額をあたしの額に合わせ、静かに呟いた。
「生まれてきてくれて、ありがとな」
『……っ』
涙が溢れ出る。
だけど笑顔を取り戻すのは時間の問題で――。
彼の手に自分の手を重ねると、彼は微笑んだ。
しかしふと何かを思い出したように声を漏らすと、焦り始める。
「今日が終わるまであとどれくらいだ」
『えっ?』
訳が分からなかったけど焦っている蛮骨に触発され、慌てて時計を見る。
時刻は23時59分、日付が変わるまであと10秒しか残っていない。
『あと10秒くらいだけど、どうして…――』
時刻を確認すると、蛮骨へと視線を戻す。
その時頭を引き寄せられ、突然目の前が真っ暗になった。
日付が変わる数秒前、窓越しに唇が重なる。最初こそ驚いたものの、すぐに目を閉じて受け入れる。そして唇を重ねたまま誕生日は終わりを迎えたのだった。
*
唇を離した後、漸く部屋に入った蛮骨。窓から入るなりまるで一秒の時間も惜しむようにあたしの体を抱きしめる。
あたしもまた彼の背中にゆっくりと腕を回し、静かに呟いた。
『ありがとう』
2359
世界で
一番幸せな一分間。
(もしかして、この口付けがプレゼントとか)
(ぷ…ぷれ…何だって?)
(…何でもないっ!)
fin.
(あとがき)
さて、何故に誕生日ネタ?と疑問に思われた方もいらっしゃったでしょう。
いえ、特に深い意味はないんです←
窓越しでのキス、という描写を入れた小説が書きたいなぁ…と思ったのが最初で、それからストーリーを考える際に誕生日の設定を思いつきました。
誕生日が今日の方、これから迎える方も過ぎてしまった方も楽しんでいただければ嬉しいです!
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!!
2011/09/14
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