log (〜2012) | ナノ


身が凍えるほどの寒さに澄み渡った空気。まだ昼間だというのに、この空間だけはえらく静まり返っていた。唯一その静寂に響くのはポタポタと水が水を打つ音。水面に広がる波紋を打ち消さんと再び波紋が現れる。

「もういいから、居間に戻れ」

荒い息遣いとともに吐き出された言葉は相変わらず冷たい。そんな彼の額の上に水で湿らせた手ぬぐいを置いた。

完璧な人でもやはり人間には違いない。
戦場では非の打ちどころのない作戦を練っては冷静に行動し、それ以外では家事に力を入れる。あたしだって料理の腕や手際の良さにおいてはこの人には敵わない。悔しいけど…。
だけど、今彼の白い頬には少しだけ紅が浮かぶ。毎年この時期に流行り始める風邪、煉骨はその病に倒れた。つい先日蛇骨がこの病にかかり暫く臥せっていたが、彼が元気になった途端こうだ。

『病人が強がらないの。こんな時ぐらい人に頼ったら?』
「これぐらい半日寝てれば治る。心配しなくていいからお前は蛇骨と遊んでろ」
『はいはい、あたしはお邪魔ってわけね』

皮肉ると、煉骨は弁解するわけでもなく静かに目を閉じる。その様子からこれ以上言葉は無用だと感じたあたしは煉骨の部屋を後にした。

普段からあたしと煉骨はこんな感じ。煉骨は激しい感情を露わにしないし、思ったことはあまり口に出さない。今だってあんな状態なのに口から出る言葉は強がりばかり。
分かってる、あたしに風邪が移るのを心配して言ってくれたことは…。実際さりげなく気遣いができるとこや大人な雰囲気、優しさに惹かれてあたしは煉骨を好きになった。
だけどこんな時くらい頼ってほしいと思うのも確か。「傍にいてほしい」、その一言が聞きたい。あたしを必要としてくれてる証が欲しい。贅沢だと思うけど、それがあたしの悩みだった。


「へぇ、可愛い悩みじゃねーか」
『ちょっとニヤニヤしてないで真面目に聞いてよ』

この住処に女はあたししかいない。そのせいでこの悩みを相談できる人が中々見つからず、色々考えた挙句に蛮骨に相談に乗ってもらうことにした。

「ちゃんと聞いてらァ。要するにあれだろ?煉骨に抱いてほしいんだろ」
『絶対聞いてなかったよね!途中から桃色の世界行ってたよね!』
「煉骨はああ見えてもムッツリだから、相当悶々ときてるとは思うんだがな」
『ちょ、そんなこと聞きたくないし!』
「まぁ結論的に言えば、おめぇが俺の女になれば万治解決って訳だ」
『何で最終的に口説いてんの!?』

どうやら相談相手を間違えたらしい。最初から最後まで話が噛み合っていない。煉骨とは正反対、肉食系で恋愛経験の多そうな蛮骨に相談すれば何かいい知恵を貸してくれるのではないかと思っていたが、これじゃあ睡骨の方がまだマシだ。深い溜息をつくと蛮骨に背を向け、フラフラと居間に向かおうとしたが、不意に肩を掴まれる。振り返ると、怪しく笑う蛮骨がそこにいた。

「まぁ待てよ、俺にいい考えがある」


そう言って連れて来られたのは煉骨の部屋の前。蛮骨が提案した考えはこうだ。蛮骨があたしに気のあるふりをして煉骨がどんな行動を起こすかを見る、つまり煉骨を試すということだった。

「煉骨も男なら嫉妬ぐれぇすンだろ」
『何でだろ、やる前からうまくいく気がしない』
「何でそんな後ろ向きなんだよ。自信持て!」

そう言うならば逆に聞きたい。その自信は一体何処からくるんですか。
急な不安に苛われたが、そんなあたしを後押しするように蛮骨は腰に腕を回す。

「行くぞ」
『う…うん』

煉骨の部屋の襖に手を掛ける。そして今にも開けようとしたその時だった、一足先に襖が勢いよく開いた。そこから顔を出したのは無論煉骨。出鼻をくじかれキョトンとするあたし達を見ると眉を潜めた。

「てめぇら、人の部屋の前で何してやがる」



*

「普通、作戦会議を人の部屋の前でするか?しかも声量落とさずに…」
『き…聞こえてた?』
「丸聞こえだ、馬鹿」

あの後、蛮骨にはまんまと逃げられ…(あの時の逃げ足の速さといったら尋常じゃなかった)
残されたあたしはどうすることもできず、今現在煉骨の前で正座している状況。一方煉骨は布団に横たわると腕を額に持っていき、軽い溜息をついた。

「で、つまりお前はずっと心配してたって訳か。俺に必要とされてないんじゃないかと…」

まさかこんな形で本人に伝わるとは露程思わず、返す言葉がない。黙ったまま俯いていると今度は深い溜息が聞こえてきた。

「言わなくても分かってるものと思ってたんだが…」
『…え?』

その言葉に今まで伏せていた目線を上げる。その時煉骨は布団から起き上がっている最中だった。本当は起き上がるのだって辛いはずなのに…。

『あ、まだ起き上がっちゃ…』

今はとにかく寝かせとかないと…。そう思ったあたしは彼の腕を掴んだ。
しかし、最後まで言い終えないうちに腰に彼の手が回る。何だろうと思った頃には既に彼の腕の中に収まっていた。

「これでもまだそんな事が言えるか?」
『煉骨…』
「好きだと伝えた時からお前は俺にとっていなくちゃならねぇ存在なんだよ。そんな事も分からなくなっちまったのか」

いつもよりずっと近くで聞こえるその声は何より心地好くて、安心できて…。気付けば悩みなんて綺麗さっぱり消えてしまっていた。

「ったく、変な心配しやがって…風邪移ったってもう知らねぇからな」
『…ごめん、なさい』

小さな声で謝ると抱きしめる腕の力が更に増した。あたしもまた彼の背中に手を回す。でもそうすると煉骨の熱がこっちに伝わってきて、さっき診た時よりも熱が上がっていることに気付かされた。

『煉骨、もうお布団に入らないと…』
「うるせぇ、もう少しだけこうさせろ」

荒い息遣いとともに吐き出される言葉は相変わらず冷たい。それでもこんなあたしを必要としてくれてる。それがひしひしと伝わってきて、思わず顔が綻んだ。

『…うん』



それから数日が経ち、煉骨はテキパキと仕事をこなし始めた。病み上がりだなんて感じさせない、まるで最初から風邪などひいていなかったかのように。あたしと煉骨の間もいつもの通り、あんな出来事があったなんて微塵も感じさせない。
だけどあの出来事があったからこそ改めて思ったことがある。

『煉骨、あたしも手伝う!』
「あー、邪魔だ邪魔だ。居間で蛇骨と遊んでろ」

冷たくて素直じゃない。
口を開けば強がりばかり。
だけどその中には確かな優しさがあって。
あたしはそんな、


そんな貴方が好きなんです
どうしようもなく、
好きなんです


(あっ、やば…。ちょっと頭が痛いかも)
(何!?…まさか本当に俺のが移ったのか)
(嘘ピョーン!)
(なっ、てめぇ!)

fin


(あとがき)

久々に蛮骨と蛇骨以外で書いてみました!
あ、いや蛮骨はちょっと出てましたね。密かにヒロインに対して下心出してましたけど…(笑)
やっぱり私の書く煉骨はツンツンデレデレです←
彼のデレデレはあまり考えられないからこんな感じになっちゃうんでしょうね。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

2012/02/10
title by 反転コンタクト


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