迷子達のユーフォリア | ナノ

「それではこれよりイクティヤールを執り行う!魔法の威力が基準に満たなければ即退学。心して臨めよ!」

 遂にこの日を迎えてしまった。定期試験イクティヤール。僕たちが学んできたことを力で試される、とても重要な試験だ。初めての魔法授業から今日の日まで約一ヶ月間、今となってはものすごく短かったように思える。

「ではコドル6より開始する!李青蘭、前へ出よ!」
『…っ!』

 その時青蘭さんの肩がピクリと大きく震えるのを見た。いつも気丈で堂々としていた青蘭さんが今は不安に押し潰されそうな顔をしている。僕は手を伸ばして彼女の震える手をしっかりと握った。

『アラジン…』
「大丈夫だよ。君の頑張ってる姿をいつも傍で見てきたから分かる、君ならきっとやれるはずさ。だから自信を持って?」

 行ってらっしゃい。そう言ったら青蘭さんは照れたように笑って頷いた。

『行ってきます』

 一歩また一歩と試験場へ足を進める、青蘭さんの背中はとても堂々としていた。そうさ、彼女ならきっと大丈夫。青蘭さんを導くように飛び回る綺麗なルフ達を見て僕はそう確信したんだ。






「まずみんなイクティヤールお疲れ様。それと、無事試験を突破できたお祝いに…えっと、その…」
「もーネロったら前置き長いわよ…!」
「ご、ごめん…じゃあ、早速乾杯!」

 ネロくんが声を上げるとみんな一斉に盃を掲げた。
 イクティヤールが無事に終わった。結果コドル6の仲間達の中で退学になった人は誰一人としていない。みんなそれぞれが最大限の力を発揮していい成績を残すことができた。

『それにしてもアラジン凄すぎだよ、いきなりコドル1だなんて』
「えへへ…そう言う青蘭さんだってコドル2まで上がったじゃないか」

 青蘭さんの首に掛かったメダルにはコドル2の文字が彫り込まれている。彼女がイクティヤールで披露した熱と風の複合魔法は前よりも更に威力を増していて本当にすごかった。評価した先生も目を丸めて感心していたしね。

『こんなに魔法が使えるようになるなんて夢みたいだよ』

 メダルを嬉しそうに眺めていた彼女の表情にふと影が落ちる。

『…わたしね、魔導士である自分がずっと嫌いだったの』
「え?」
『家族の期待に応えるために小さい頃から必死に魔法を練習してきたけど本当はすごく嫌だったの。目に見えるルフが鬱陶しく思えたりもしてね…。こんな調子で魔法が上達するわけないのに…』
「青蘭さん…」
『でもね、今は心の底から魔法が好き。マイヤーズ先生の授業やみんなとの練習が楽しくて、もっともっと上を目指したい、魔法を知りたい、そう思えたの。これもみんなのおかげ』

 本当にありがとう。彼女からは何度も感謝の言葉をもらったけれどやっぱり照れくさくて慣れない。でも嬉しいよ、君がそう言って笑うだけで僕も嬉しくなる。

「あれ、もしかしてもう酔ってしまったのかい?」
『え?何でー?』
「顔がどんどん赤くなってる気が…」
『気のせいよ気のせい!わたしはこれだけで潰れるようなヤワじゃないの!』
「あっ…」

 全部飲んじゃった。本当に大丈夫なのかな青蘭さん…。

『あっ、スフィントスだー!おいでおいでー!』
「うわ…すげえ酔ってる…」

 後から来たスフィントスくんを引っ張って隣の席に座らせると、コドル2のメダルを見せてにやりと笑う。

『これでもうわたしのこと馬鹿女だなんて言えないでしょ』
「グッ……いいや、この世は経験の豊富さと地位がモノを言うんだ。ちんちくりんで芋臭いおまえはこれからも貴族である俺様の言うことを聞くこと!分かったな!」
『何よ、貴族ったって没落してる癖に…』
「なっ…!アラジン、てめえコイツに話しやがったな!」

 ふう、やれやれまた喧嘩かい?バチバチと火花を散らす二人を傍で見ていると、ふとヤムさんとシャルルカンおにいさんの姿が重なった。よく魔法と剣術のどちらが最強かで言い争っていたけれど、この二人はどっちも魔導士だ。なのにどうして喧嘩になるかなぁ。

「二人とも今日くらい喧嘩をするのはよそうよ」

 取っ組み合いになる前に止めようと駆け寄ったら、足を滑らせてそのまま青蘭さんの胸に飛び込んでしまった。顔が痛い。女の人の胸に飛び込んだのにどうしてこんなに痛いんだろう。…あれ、青蘭さんの胸なんだかすごく平ぺったい。

「大変だ!青蘭さん、女の人なのにおっぱいがない!どうしてこうなってしまったんだい!?」

 その時周りの音が一瞬で消えた。青蘭さんは目を点にしているし、才凛さんとネロくんは顔が真っ青だ。どうしたのかな。これでも僕はすごく真剣に青蘭さんのことを心配してるんだよ。なのにスフィントスくん、どうしていきなり吹き出すんだい。

「ブワハハハッ!ち、乳がねえってよ!」
『ち、違う!これは動きやすいようにサラシを巻いて潰してるだけであって本当はちゃんとあるんだから…!』
「ふーん?」
『…分かった、信じられないなら今ここでサラシ取ってあげるから目見開いてしっかり見なさいよ!』
「わあぁぁ青蘭ダメェェェ!」

 机に片足を乗せて服を脱ぎ始める青蘭さんを才凛さんとネロくんが必死に止める。一方でスフィントスくんは青蘭さんを指差してゲラゲラ笑い、僕もまたその賑やかな光景に笑みを浮かべていた。




 ――ちょうどその頃、遥か遠くの国で進められている計画なんて知りもせずに…。


「シェヘラザード様、只今魔導士より報告が上がりました。例の分身体が完成したようでございます」
「…状態は?」
「五体満足、知能も何ら問題ないと」
「そう…。ではその子をすぐに私のところに連れてきて。それとマグノシュタット学院への編入手続きをお願い」
「はっ!あ…しかし分身体の名前はいかがいたしましょうか?」
「そうね、名前は…――」


 青蘭さんとの出会い、そしてこれから訪れる新しい出会いがどれだけの国や人を巻き込んでいくのか。この時の僕はまだ予想すらしていなかった。

14’0129 遠い星で泣いていた

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