迷子達のユーフォリア | ナノ

 夢を見た。
 それは煌帝国がまだ発展途中の小国であった、遠い昔のこと。

 煌帝国の片隅で生まれたわたしはスラムで母と二人質素に暮らしていた。母親は遊女で、父親のことはよく分からない。 でもそれでもよかった。母がいればそれだけで充分だった。

「あなたの父上様はね、国に仕える立派なお方なのよ」

 父のことを教えてもらったのはわたしが5才になった時。髪や目の色があの人と同じね。母は幼いわたしの頭を撫でてそう言った。あの慈愛に満ちた眼差しは今でもよく覚えている。母は父を心から愛していたんだ。だけど、

「おまえが青蘭だね?」
『おじさんだぁれ?』
「おまえの父だ。ずっとおまえを探していたんだよ?さあおいで?」

 突然わたしの前に現れた父が優しくしてくれたのはその一瞬だけ。

「おまえには魔導の力がある。今日からその力は国のために使うのだ!さあ来い!」
「待って!連れて行かないで!」
『嫌…嫌っ!お母さんっ!』

 父は母のことなんてこれっぽっちも愛していなかった。無論わたしのことも。愛してなんてくれないのにどうしてこんな所に連れて来られなければならなかったのか。あの頃は分からなかったけど今なら痛いほど分かる。わたしは――、









 図書室の静寂の中、ゆっくりと目を覚ました。どうやら勉強の最中に居眠りをしてしまったみたいだ。

『(怠い…)』

 眠っていたはずなのにこんなにも気分が重いのはきっと最悪な夢見のせいだ。何てったって今頃こんな夢見るんだろう。

『……っ』

 机に伏せていた体を起こすと何かが背中から滑り落ちた。床を見下ろすとブランケットがそこに落ちている。もしかして風邪をひかないよう誰かがわたしに掛けてくれたのだろうか。肌触りのよいそれを手に取ってみるとフワリと覚えのある匂いが香ってきた。

『この匂い、まさか…』
「あ、いたいた青蘭さーん!」
『……アラジン?どうしたの?』
「どうしたって忘れたのかい?夕方からみんなで複合魔法を練習するって約束してたじゃないか」
『え…やだ、もうそんな時間?』

 確かに窓から見える外の景色はもう茜色に染まっている。さあ行こうと手を引くアラジンに頷きながらも、わたしの目はひたすらブランケットの持ち主の姿を探していた。






『灼熱の豪旋風(ハルハール・アル・ハザード)!!』

 杖を掲げ呪文を唱えると、炎を纏った竜巻が茜色の空に向かって伸びた。

「これは熱と風の複合魔法!?凄いよ青蘭さん、もう完成したんだね!」
『アラジンのおかげだよ』

 風魔法に最も相性が良いとされるのは熱魔法。というわけで赤魔導士のアラジンにはよく熱魔法を教えてもらっていた。複合魔法をこんなにも早く習得できたのは彼のおかげと言ってもいい。ありがとうと呟くとアラジンは歯を見せて満遍なく笑う。それを見たわたしの口元にもまた自然と笑みが浮かんだ。

「あ、スフィントスくんだ」
『え?』
「おーい!スフィントスくーん!」

 アラジンが手を振る先には確かにスフィントスの姿があった。多分わたし達の自主練を遠くで見ていたのだろう。建物の柱に寄り掛かって腕を組みこっちを見ている。しかし、わたしと目が合った瞬間に何故か慌てたようにすぐに視線を逸らし、足早に去ってしまった。

「あれ、どうしたんだろうね」
『…わたしちょっと行ってくる』

 最近覚えた浮遊魔法を使ってスフィントスのもとへ飛んでいく。何度も名前を呼びながら追い掛けるけれど、アイツは中々足を止めない。シカトか、シカトなのか。

『待ちなさいってば』
「へぶしっ!」

 なんだか腹が立ったのでそのままスフィントスの後頭部を足蹴してやった。あ、顔から床に突っ込んじゃった。けど結果的に止まったからまあいいや。

「ってめえ!いきなり何すんだよ!」
『これ返しにきたの。アンタのでしょ?』

 鼻を押さえながら勢いよく振り向いた瞬間にブランケットを押し付ける。わたしだってこっぱずかしい気持ちを必死に押し殺してるのにスフィントスは中々ブランケットを受け取ってくれない。それどころかプイとそっぽを向かれてしまった。

「…知らねーよ、そんなの」
『嘘付き。アンタの煙草の匂いがするんだもん。それに裏地にちゃんと名前が糸で縫いこまれてるし、ほらここにスフィントスって…』
「え、…っ!ぬわぁぁぁっ!」

 縫い込まれた文字を見せると凄まじい速さで奪い取られた。顔を真っ赤にしたスフィントスは「お袋のやつ…」と項垂れる。そっか、それお母さんが縫ってくれたんだ。愛されてるんだね。

「…なんだよ、ボーッとして」
『……ううん、何でもない。じゃあ、わたし行くよ。イクティヤールまでもう時間もないし魔法の練習しなきゃ』

 ブランケットありがとう。一言お礼を告げてスフィントスに背を向けた。その時、

「おまえなら大丈夫だろ!」
『え…?』

 突然の言葉に足を止め振り返る。スフィントスは何故かわたし以上に驚いた表情をしていて、次には恥ずかしそうに頬を掻いた。

「…あ、いや、なんか頑張ってるみてーだし、このままいけばイクティヤールも突破できんじゃねーの?」
『スフィントス…』

 そんな優しい言葉、初めて聞いた。思わずスフィントスの頬へ両手を伸ばす。

「お…おおおお、おい!な、なにして……っいでででっ!?」
『アンタ、本当にスフィントス?』
「いってえ!いてえって!なんで抓んだよ!」

 もしかしたらスフィントスの皮を被った別人かもって思ったんだよ。だっていつもわたしを見たら意地悪なことばかり言ってくるじゃない。気持ち悪い。頭打った?明日槍が振るかも。そう言ったらおでこを強く弾かれた。

『い、いったい!』
「おまえやっぱり可愛くねー!」


「あ、青蘭さんとスフィントスくんまた喧嘩してる」
「あの二人、仲いいのねぇ」
「どこがだい!?」

 遠くでアラジン達がそんな会話をしていることなんて知るはずもなく、わたし達は毎度お馴染みの喧嘩に明け暮れていった。

14’0126 毒でも薬

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