迷子達のユーフォリア | ナノ

 あの後、わたしとアラジンは走り込みでビリ争いをした末にほぼ同時にゴールした。無事ゴール出来た時、安心感から泣いた。また、今日の授業はこれで終わりだとマイヤーズ先生に告げられた時は嬉しくてもっと泣いた。本当に辛い一日だった。
 そして今、何故かわたしはアラジンをおんぶして部屋まで運んでいる。夕食中こいつが食卓上で眠り込んだりしなければ、今頃わたしは自室のベッドの中にいただろうに。

『何でわたしこんなことしてんだろ…』

 食堂に放ってくればよかった、なんて今更後悔。どちらかと言えばアラジンよりお人好しな自分に腹が立つ。それでも時折背中越しに聞こえてくるアラジンの寝言に結局は仕方ないか…なんてため息をついた。

『ここか…』

 すれ違う人に尋ねながらヨタヨタ歩くこと暫く、アラジンの部屋にたどり着いた。
 早速ノックを2回繰り返す。中には既にルームメイトがいるはずだ。そいつに押し付けてさっさと帰ろう。そう思っていた矢先にギィと古い音を立てて扉が開いた。

『う…ゲホッゲホッ…!』

 刺激のある匂いが鼻を突く。耐えられず咳き込んでいると白煙が漂ってきて、漸くこれが煙草の匂いだということに気が付いた。こんな匂いが充満してる部屋でよく休めるな。開かれた扉からひょっこり顔を出してきた男に冷めた視線を向ける。

『うげ。』
「あ?」

 視線の先にいたのは出来れば二度と顔を見たくないと思っていた人だった。入学試験の時、わたしを馬鹿にして笑っていたあの色黒男だ。アラジンのルームメイトってこいつかよ…。

「あっ、おまえは昨日のムカつく女…!何しに来たんだよ!」
『アンタのルームメイト届けに来たんだよ。後は任せた』
「えっ、お…おい!」

 ほい、と半ば強引にアラジンを押し付けた。ちょうどその時だった、アラジンが目を覚ました。とろんとした目を擦って、色黒男を見上げては首を傾げる。多分アラジンには今の状況が全く読めてない。

『起きた?』
「…青蘭さん?あれ、僕確か今まで食堂にいたはずなんだけど」
『食堂で疲れて眠っちゃったんだよ。あろうことか口の中に食べ物いっぱい詰めたまま爆睡してたんだから』
「えっ、じゃあ青蘭さんが僕をここまで送ってくれたのかい?」
『…わたししかいないじゃない』
「そっか、ありがとう青蘭さん」

 感謝の言葉ってどうも慣れない。アラジンから笑顔を向けられた瞬間、照れ臭くなって視線を逸らす。

「あっ、そうだ紹介するね!僕のルームメイトのスフィントスくんだよ!こっちは青蘭さん。今一緒の授業を受けていてね、」
「知ってる、コドル6の馬鹿女だろ?」

 まただ。こいつ、またわたしを馬鹿にして笑ってる。勿論、黙ってはいられない。

『アラジンも大変だね、こんな性悪と同室で』
「あ?喧嘩売ってんのかよ」
『は、どっちが?』

 視線がかち合うとバチバチと火花が散る。「二人とも落ち着いておくれよ!」とアラジンが間に割って入ったから掴み合いに発展せずに済んだけど、どうも腹の虫が治まらない。

『何なのよ、腹立つな…』
「怒らないでおくれよ、青蘭さん。スフィントスくんはそんなに悪い人じゃないよ?確かに口は悪いし、コドル6だからって嫌味を言うこともあるけれど、単に構って欲しいだけなんだ」
「ちょっ…アラジン何言って、」
「だからね、青蘭さんに嫌味を言うのもきっと愛情の裏返しみたいなものなんだよ。本当は青蘭さんと仲良くなりたいって思っているはず……」
「やめろよォォォ!!」

 スフィントスが叫ぶのと、わたしが吹き出すのはほぼ同時のことだった。冷静になりたいのに、昨晩スフィントスに話を聞けとせがまれたこととかペラペラ喋り出すものだから一向に笑いが止まらない。アラジンって意外と黒いんだな。

「おい、おまえらいい加減にしろよ…じゃねえと俺様のこのクルルカンが噛み付くぜ?」
「『クルルカン?』」
「ハッ…俺様のこの相棒のことだよ」

 スフィントスが誇らしげに指差したものを目にして「ヒッ!」と声が出る。スフィントスが首に巻いていたのは何と蛇だったのだ。言われるまでずっと趣味の悪い襟巻きだと思ってた。

「なんだよ、おまえ蛇が苦手なの?」
『べ…別にっ!』

 蛇の首を掴んで一歩近寄られたので、わたしはその分後退する。また一歩近寄られ、一歩後退。果てしなくくだらない攻防戦、その末スフィントスは何かを悟ったように口角を上げた。

「よしクルルカン、馬鹿女に仕返しだ!」
『うわ、マジやめ…バカァァァッ!!』

 ああ、ほんっと嫌な奴。わたしが蛇嫌いだと察したスフィントスはうひゃひゃと憎たらしい笑い声を上げ、蛇を首に巻いたまま追い掛けてきた。当然、思い付く限りの罵倒の言葉を叫びながら必死に逃げるわたし。慌てて止めようとするアラジン。余計調子に乗る馬鹿スフィントス。
 のちに騒ぎを聞き付けた先生によって三人仲良く正座させられることになるのだが、この時のわたしたちはまだ知らない。

13'1018 喧嘩するほど仲がいい?

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