迷子達のユーフォリア | ナノ

「私は、貴様らの担当教官のマイヤーズである!」
『(うわぁ…)』

 強烈、それがわたしが抱いた教官の第一印象だった。高い露出に血走った目。廊下ですれ違っただけで一生忘れられないレベルだ。

「ちなみに貴様らコドル6は落第候補筆頭、死ぬ気でやらねば2ヶ月後貴様らは全員追放である!覚悟しろ!」

 彼女の言葉はさながら刃のよう。グサグサと容赦無く胸に突き刺さる。
 確かにわたしたちには2ヶ月後イクティヤールと呼ばれる試験が待ち受けている。魔法の威力が基準に満たなければ即退学。厳しいものだ、初めて話を聞いた時はその程度の感想しか抱いていなかったけれど、改めて追放だなんて言われると肩に力が入る。

「おい貴様ら、返事はどうした」
『…はい』
「声が小さい!!」

 ビリビリビリッ!
 電流が体中を駆け抜ける。防壁魔法(ボルグ)なんて何の役にも立たなかった。マイヤーズ先生が一回鞭を振るっただけで、わたしたちのボルグは紙切れのようにいとも容易く破られる。

『何これ…』

 これじゃ、まるで軍隊だ。
 地に落ちた黒帽子をため息ながらに拾い上げていると、アラジンがマイヤーズ先生に集中的にしばかれている光景が目に入った。何度も何度も叫換を要求され応えてはその度に声が小さい、と地面に叩きつけられる。あれは流石に怒るだろう。そう思いきやアラジンは真っ赤な顔をして、思いっきり鼻の下を伸ばしていた。あいつ、絶対マイヤーズ先生のおっぱい見てる。

「では早速授業を始める!まず貴様らには懸垂を行ってもらう!」
『…は、』

 思わず耳を疑う。
 確かに授業の予定表には身体強化と記載されていたけれど、懸垂だなんて…本当に魔法と何の関わりもない。

「貴様、不服な顔をしているな」
『え…いえ、その…』
「貴様の考えていることが分かるぞ!身体強化は魔導士にとって無意味だと思っているのだろう!」
『い…いえ、そのようなことは…」

 思ってました、すみません。
 自分のバカ正直さに呆れた。大した言い訳も出来ずに顔を俯けてしまったわたしに、マイヤーズ先生は思った通りだと言わんばかりに鼻を鳴らす。

「無知な貴様らに教えてやろう。健全な魔力は健全な身体に宿るのだ。なのに貴様らは虚弱と言われる魔導士の中でも虚弱に過ぎる。ゆえに、貴様らにものを考える資格はない!」

 周りから一斉に息を呑む音が上がる。

「走れと言われたら走れ!食えと言われたら食え!叫べと言われたら叫べ!1ヶ月間己を信じ、妥協を許さなかった者のみ魔法の指導を授けよう!」
『!』

 その言葉に秘められた意味を悟る。つまり一ヶ月という期間を通してわたしたちは見定められるのだ。魔法を学ぶためなら過酷な訓練も耐え得る忍耐力が備わった人物かどうかを。
 コドル6だからといって決して最初から見放されているわけではなさそうだ。それが分かってひとまず安堵。けれど、いつまでも気を緩めてはいられない。この先わたしを待ち受けているのはきっと茨の道。

『(やるしか、ないか…)』
「それでは懸垂始め!休んだ者は退学だ!分かったか!」
『はい!!』





 覚悟していた、はずだった。
 しかし、マイヤーズ先生による身体強化の授業は予想をはるかに超えていた。懸垂から始まり腕立て伏せに腹筋、うさぎ跳び、そして走り込み。酷だ、酷過ぎる。最初こそやっとの思いでついて行った。決まって最後尾ではあったが、それでも諦めず一つ一つ課題をこなした。
 しかしである。最後の走り込みにて遂に心が折れた。もう一歩たりとも動ける気がしない。

「貴様の死ぬ気はその程度か!李青蘭!」
『く……ゥ…』

 あまりの辛さに涙が零れる。必死に呼吸を繰り返しても、空気が上手く肺に入ってこない。このまま肺が潰れて死んでしまうんじゃないかって思うほど苦しかった。

「止めたければ止めてもいいんだぞ!その代わり貴様は一生落ちこぼれのままだ!」
『(落ちこぼれ、か…)』

 耳にタコができるほど聞いた言葉だ。
 右将軍李青龍を始めとして、代々煌帝国皇族に仕え続ける李家。唯一わたしの味方である青舜兄様も今や白瑛様の第一従者として立派に尽くしている。わたしだけ、わたしだけなのだ。誰の役にも立てないのは…。出来損ない、落ちこぼれ――罵倒を浴びせられ、虐げられていた半生を思い出す。悔しくないわけない。だからわたしはここに来た。

『ぐ…う、ううっ…!』
「そうだ、立ち上がれ!貴様の本気を見せてみろ!」

 マイヤーズ先生から叱咤されながらヨタヨタと走り続けるわたしの姿は傍観者の目にはさぞかし無様に映っていることだろう。それでもわたしは、目標地点を目指してひたすら足を前に押し進める。足はもう血だらけだった。動かしてみても痛みはあまり感じられない。まるで膝から下が棒になったみたい。

「青蘭さん」
『!』

 不意に前方から聞こえてきた声には覚えがある。アラジンだ。わたしの一歩前を歩いていたらしい彼はすっかりボロボロになっていた。頬には涙が伝った痕もある。

「あともう少しだよ、頑張って一緒にゴールしようよ」
『…アラジン』

 まさか、こんな小さな子に元気付けられるなんて思ってもみなかった。皆より体が一回りも二回りも小さいのに、彼に与えられた課題は皆と変わらない。それでも必死に課題をこなしているのだ。わたしも負けていられない。

『いいの?そんなこと言っちゃって…』
「へっ?」
『お先ー!』
「あっ、ズルいよ青蘭さん!待っておくれよー!」

 ちょっとだけ意地悪をしてみた。ニヤリと悪戯に笑って追い抜かせば、背後から追いかけてくるアラジンの声。思わず吹き出してしまう。

「くっ…僕だって負けないぞ!」

 一生懸命追い上げてきたアラジンは遂にわたしの隣に並んだ。ヒュウヒュウ、二人の呼吸音が重なる。

『…ありがと』

 呼吸と呼吸の合間にぼそりと呟いた。何だか照れ臭くて、紡いだ声は自分でも聞き逃してしまいそうなほどに小さい。それでもアラジンはしっかりと聞き取っていたようで、こちらに溢れんばかりの笑顔を向けてくれる。

「そうだ青蘭さん、勝負をしないかい?どっちが早く、」
『ゴールにたどり着けるかって?望むところよ!』

 不思議。こうしてアラジンと肩を並べて走っていると自分を縛る使命さえ忘れてしまう。間違いなくこの瞬間だけはありのままのわたしでいられた。驚くほど気が楽で、小さな幸福感を見出す。

 “この瞬間がずっと続けばいいのに…”
 誰とも馴れ合わないって固く決めたはずなのに、密かに願ってしまう自分がここにいた。

13'1011 闇を少し遠ざけて

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