迷子達のユーフォリア | ナノ


 無事学院内に足を踏み入れたわたしは紙切れと睨めっこをしながら自室へと向かった。
 このペラペラの紙切れは入学試験に合格した時に先生に渡されたもので、授業のカリキュラムがつらつらと綴られている。しかしどういったわけか、コドル6のカリキュラムは身体強化の授業ばかりで肝心の魔法を使う授業が一つもない。これが魔法学校の授業だとは俄かに信じ難かった。
 もしかして落ちこぼれクラスだからといってカリキュラムも適当に割られてるんじゃないだろうな。口を開けば出てくるのは深いため息。元々体力には自信がないため明日からの授業が酷く憂鬱だ。

『(考えたら頭痛が…)』

 とにかく今日は早くベッドに入って休もう。部屋に入ったらすぐさまベッドへダイブすることだけを考えて自室の扉を静かに開けた。

「ウフフフフ…おねえさぁん!」
「きゃあっ!」
『……』

 視界に飛び込んできた光景に目を見張る。部屋には既に女の子の姿があった。部屋は二人に一つ与えられているので、彼女がわたしのルームメイトだということはすぐさま理解できる。うん。それは理解できるけど、そのルームメイトの胸に埋れているちっさい男の子は一体何だろうか。

『何を、しているの?』
「え、えと…この子がいきなり…」
『…まかせて』

 ふぅ、とため息をついてルームメイトの胸にくっついている男の子の首根っこを掴む。そのまま扉の方へぶん投げると男の子は綺麗な曲線を描いて飛んでいき、部屋の扉を抜け、更には廊下の壁にぶち当たって止まった。

「い…痛いじゃないか!いきなり何をするんだい!?」
『それはこっちの台詞!ここは女子の部屋、男子禁制、セクハラなんて以ての外!』
「セクハラなんかしていないよ!僕はただ柔らかいおねえさんのおっぱいに埋もれていただけさ!」
『それをセクハラって言うんだよ!』

 何なんだ、このエロガキは。
 うるうると目に涙を浮かべて見上げてくる男の子に睨みを利かせる。しかし彼はそんなの痛くも痒くもないといった様子で、何故かわたしの顔を不思議そうに見つめてきた。

『…何よ』
「おねえさん、もしかして前にどこかで会ったかい?」
『えっ?』

 ドキリ心臓が跳ねた。でも、よくよく考えればマグノシュタットにわたしの顔を知っている者がいるはずない。煌帝国の民も、恐らくは皇居に仕える者ですらわたしの存在を知らないのに、どうしてこんな子どもが知っていようか。

『気のせいでしょ。わたし、あなたのこと知らないし』
「うーん、そうなのかなぁ…。あっ、君コドル6なのかい?僕もコドル6だよ!」
『…声が大きいよ』

 多くの人が行き交う廊下でコドル6コドル6と、よくもまぁ大声で。これじゃここに落ちこぼれ魔導士がいますよ、と宣伝しているようなモンじゃないか。周りから聞こえてくる笑い声に顔が熱くなり、首に掛けていたコドル6のメダルを取り外す。今更慌てて取ったって何の意味もないけれど…。一方男の子は自分が落ちこぼれクラスであることを露ほども気にしない様子で愛嬌のある笑みを浮かべた。

「僕はアラジン。よかったら仲良くしておくれよ」
『…別に、わたし誰とも馴れ合うつもりないし』
「そんな冷たいこと言わないで名前を教えておくれよぅ!」
『あぁっ、うざったい!』

 この子はわたしの腕を抱き枕か何かと勘違いしているのか。強くしがみついてくる男の子アラジンを振り解こうと必死に腕をバタつかせる。暫くすると腕に重りを感じなくなったので、急いで部屋の扉を閉めてベッドに飛び込んだ。

『疲れた…』

 ああ、フカフカのマットはやっぱりいい。柔らかい枕に顔をうずめると、やがて意識が朦朧とし始める。そのまま心地よい眠りに就こうとした、その時。

「ふぅん、青蘭さんって言うんだね」
『……!!』

 一気に微睡みの世界から呼び戻される。たった今追い出したはずのアラジンは何故かベッドの端に腰掛け、わたしのカリキュラムを眺めていた。目が合うと悪びれもせずニコッと笑い掛けてくる。その瞬間、ブチンと頭の血管が切れる音がした。

『出てけ』
「ああっ…!」

 もう一度アラジンを部屋の外に摘み出して勢いよく扉を閉める。最後にぐるりと部屋全体を見回し、問題ないと分かると漸く息をついた。

『まいったな…』

 どうやら変な子に懐かれてしまったらしい。明日からの授業がほんとに憂鬱だ。

13'1002 メランコリックコール

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