迷子達のユーフォリア | ナノ


「次、煌帝国の李青蘭?」

 上級魔導士の冷たい視線がこちらへ注がれた途端、杖を握る手が震え始める。「はい」とたった二文字の言葉を紡ぐのでさえ声が上擦って何とも情けない返事になってしまった。

 マグノシュタット国境関所。ここでは現在マグノシュタット学院に編入するための試験が行われている。内容としては試験官に手持ちの魔法を披露し、学院への入学の可否を審査してもらうといった簡潔なものだ。入学を認められればそこから更に実力別に6つのコドルに振り分けられる。勿論実力があまりに低ければ入学を拒否されることだってあるだろう。気は抜けない。

「では、おぬしの実力を見せてもらおうか」
『は…はい』

 ゴクリ唾を呑み、杖を掲げた。
 この試験にパスできなければこの国での滞在は実質不可能。わたしがはるばるここにやって来た意味もなくなる。それだけは回避しなくては、何が何でも学院に入学しなければならない。全ては、我が国のために。

『風魔法(アスファル)!!』




 さて、その後。
 入学試験の結果はどうなったのか、ということだが…。結論から言えば学院への入学は無事許可された。しかしながら、 わたしに与えられた階級はコドル6。つまり最下位クラス、落ちこぼれ組である。

『ここでも落ちこぼれか…』

 自分に力がないことは前々から分かっていた。生まれながらに魔法使いの資質を持ちながら、わたしが使える魔法には限りがある。しかも一つ一つの威力が弱い。さっきだって唯一使える風魔法を披露したところ、試験官の髭をほんの少しそよがせただけだった。

『(……落ち込んでる場合じゃない)』

 心が沈みゆくのを感じ、慌てて頬をペチペチ叩いて気合いを入れ直す。物は考えようだ。無事編入できたのだからよかったじゃないか。これから頑張ればいいことだ。自分にそう言い聞かせ奮起していると、背後から押し殺すような笑い声が聞こえてきた。振り返った先では褐色の肌が特徴の男がニヤニヤと腹立たしい笑みを浮かべてこちらを見ている。

『ちょっとアンタ、今わたしを見て笑ったでしょ』
「フッ、コドル6の分際で俺に話し掛けるんじゃねえよ。馬鹿が移るぜ」
『なっ…』

 なんて憎たらしい奴。思いっきり睨みつけると、男の首に掛けられたメダルが目に入った。メダルには4という数字が彫り込まれている。

『フン、随分と偉そうな口叩くからどれだけすごい奴かと思えばコドル4?中途半端じゃない』
「なっ…んだと!」
『何よ!』
「おい!おまえたち、そこで何をしている!」

 わたしたちの言い争う声は随分遠くにまで届いたらしい。上級魔導士に注意を受けると男は「覚えてろよ」だなんてどこかの三下が吐くような台詞を残して行ってしまった。
 憎らしい顔が目の前から消えても一向に気が収まらず、男の背中に向かってあっかんべーをする。まったく、編入早々気分を害してしまった。

「ではこれより学院都市へ入る。付いてこい!」

 どこからか声が上がると、編入生の集団がゾロゾロと一気に流れる。遅れないよう前の人の背中に必死についていくと、不意に後ろから肩を軽く叩かれた。またさっきの嫌な奴か。嫌悪感を撒き散らしながら、勢いよく振り返る。しかしその先にいたのはあの男ではなく、見覚えのない黒髪の女の子。

『えっと…?』
「私は才凛。煌帝国出身よ。あなたもでしょう?」
『…そうだけど』
「私もコドル6なんだ。落第しないように一緒に頑張ろうね!」

 才凛と名乗った女の子はにっこりと笑ってわたしに手を差し出す。思わず頬が緩みそうになった。同じ国の出身の子が近くにいるだけで心強い。それに嬉しかった。一緒に頑張ろうと笑い掛けてくれた、そんな些細なことが心の底から。早くも友達ができそうな予感に胸を踊らせ、差し出された手を握ろうと肩に力を入れる。そんな時だった。

「―青蘭、良いか青蘭」

 ふと父上の顔が脳裏を過ぎった。刹那にピタリと動きが止まる。

「これ以上李家の名に泥を塗ってくれるなよ」

 頭の中に響く声は、まるで呪いのように。

「どうしたの?」
『…別に』

 わたしの想いや意思とは裏腹に無愛想な言葉が口を割って出る。結局わたしが才凛の手を握り返すことはなく、踵を返して足を前へ進めた。

『(…そうだ、しっかりしなきゃ)』

 ここマグノシュタットには友達を作りに来たわけではない。わたしは煌帝国から重大な使命を受けた、そのことを決して忘れてはならない。左腕へと手を伸ばせば指先に伝わる包帯のざらついた感覚。自分の使命を確かめるようにそっと触れてはポツリ呟く。

『見てなさいよ…』

 必ずや与えられた使命を全うしてみせる。そして思い知らせてやるのだ、今までわたしを馬鹿にしてきた奴らに。もう、出来損ないだなんて言わせない。

13'1001 ラプンツェルの鉄塔

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