「停止の合図が掛かるまで結界の中から出ることはできない。両者、全力を尽くしなさい!」
―始め!
イレーヌ先生より試合開始の合図が掛かったその瞬間から試験場は激闘の場と化した。アラジンが繰り出す砂の巨人も、ティトスが生み出す複雑な複合魔法も、どちらも威力は凄まじくて衝突する度に激しい音が響く。一方でわたし達は桁外れた二人の魔法技に声援を上げることも忘れて、ただ息を飲んだ。
「すげえ…やっぱすげえよアラジンのやつ!あのティトス相手に力で押してやがる!」
『アラジン…!』
一時ティトスの超律魔法に押されつつもアラジンは決して降参しようとはしなかった。音魔法を込めた杖での直接攻撃。無謀と思われた行動はティトスのボルグを破って着実に彼を追い詰めていく。最早どちらが勝利してもおかしくはない。勝敗がつくその時を今か今かと待ちわびる。
そして…、
「その戦いやめ!」
学長先生のその一声でついに戦いは幕を閉じた。勝ったのはアラジンではない。かと言ってティトスでもない。引き分け。どこか後味の悪さが残る結果に皆が疑問と困惑の色を浮かべる。けれど学長先生が二人の功績を認め直々に研究室に推薦すると告げた時、シンと静まりかえっていた一帯は忽ち歓声に湧いた。
「一時はどうなるかと思ったが、あの学長から研究室推薦してもらえるなんて大手柄じゃねえか!な、青蘭!」
『う、うん…』
嬉しそうに笑うスフィントスに頷きながら確かにと思う。二人とも大きな怪我はしてないし、実力も認められてこれから上級魔導士のもとで沢山のことを学ぶことができる。二人にとって悪いことなんて何一つないはずなのに。なのに何だろう、この感じ。明らかに良い表情とは言えない二人をこの観客席から見据えながらグッと息をのむ。特にティトスのあの思い詰めた表情、なんか…。
「青蘭?お、おい!どこ行くんだよ!」
気付けば立ち上がってその場から駆け出していた。スフィントスの声も周りの歓声も一切耳に入らず、一目散に二人がいる場所へ向かう。
嫌な予感がした。途轍もなく嫌な予感。何の自慢にもならないけれど、こんな時だけわたしの予感ってのは、当たるんだ。
ズドォン!
突然響いた爆音。同時に正面から熱風が流れ込んできて、わたしの体はそのまま後ろへ倒れこんだ。ボルグがなかったらこんなんじゃ済まなかったかもしれない。この爆発は一体…。そこまで考えたところでふと思い出した。先程の戦いで皆を驚かせたティトスのあの超律魔法のこと。血の気が引いていく思いだった。まさか。
『アラジン!』
そのまさかだった。
わたしの目の前で頭から血を流して倒れていたのはアラジンだった。急いで抱き起こして呼び掛けてみるも反応はない。どうしてこんな…。視線を上げた先に捉えたティトスの姿。その表情を見て、嫌な予感は的中してしまったのだと悟った。
『ティトス…どうしてこんなことを…!』
「し、仕方ない…仕方ないんだ……使命を果たさなきゃ、そのために、僕は…」
『…え?』
「う…」
『…っアラジン!?しっかり…!』
アラジンは一度だけ呻き声を上げて、そのまま意識を手放した。近付いてくるマイヤーズ先生やスフィントスの声を耳にしながらアラジンの体を抱え直す。その時、アラジンの腕に巻かれていた包帯がハラリ解け落ちた。
「アラジンのやつ、本当に大丈夫かよ…」
『大丈夫よ、アラジンならきっと明日にはケロッとしてるって』
「そっか、そうだよな」
あれからアラジンは早急に個別の部屋に運ばれ医療専門の魔導士によって治療を受けた。マイヤーズ先生が言うには思ったより傷は浅く、適切な治療を施したためすぐ目を覚ますだろうとのことだ。治療を終えたアラジンのもとを訪れると頭に巻かれた包帯がやっぱり痛々しかったけれど、確かに大分顔色がよくなったようにも思えた。
『スフィントス、先に帰ってて。わたしアラジンのところに忘れ物したみたい』
「そうか、分かった。じゃあ、な」
『ん、おやすみ』
スフィントスの背中が見えなくなると同時にわたしの顔から笑みが完全に消える。
見て、しまった。
気を失ったアラジンを抱き起こしたあの時、彼の解けた包帯から覗いていた赤い石を。それは奇しくもわたしのものと酷似していた。先生が駆け寄ってくる気配に咄嗟に包帯を巻き直して隠したけれど、それからというものわたしの頭の中はぐちゃぐちゃと、まるで筆で塗り潰したみたいに混乱していた。あの石を身につけているということはアラジンもわたしと同じ目的を持っているのだろうか。知りたい。けどそれを確かめれば同時に自分の正体も相手に知れることになるだろう。怖い。今のこの関係性が壊れてしまうことが、何よりも怖い。
「青蘭?」
『…っ』
突然背後から掛けられた声に心臓が跳ね上がる。間が悪いというか何というか。なんでよりにもよってこんな時に…。
『ティトス…』
「こんな所で何をしているんだ」
『…別に。アラジンの部屋にちょっと忘れ物しただけだよ。ティトスこそ禁固室抜け出してどうしたの』
「僕は…アラジンに一言謝りたくて……」
『そう。それじゃあわたしはお邪魔だね』
忘れ物はまた今度にするから行っておいでよ。なるべく顔を合わせず口早に告げてそそくさと立ち去ろうとしたけれど、どうやら逃げさせてはくれないらしい。
「待って青蘭」
『…なに』
「君に聞いてほしい話がある。だから、」
ゆっくり、ゆっくりと。背けていた顔を上げて彼の目を見る。何か大きな覚悟を決めたようなそのまっすぐな瞳はわたしには眩しくて、けれど逸らすことも出来ずに。彼が紡いだ予想外の言葉にただ息を呑むしかなかった。
「僕と一緒に来てくれないか?」
15'0314 迷える子羊一歩前へ