迷子達のユーフォリア | ナノ

「本当にすまなかった」
『もういいよ。結局処分も受けてないんだし、怒ってないから気にしないで』
「……けど、」
『くどい!いいって言ってるでしょ!』
「…っ、やっぱり怒ってるじゃないか…」

 下を向いてごにょごにょと口ごもるティトスを見ていてやっぱり違和感を覚える。さっきだってそうだ。尋問を終えたわたしの前に突然現れては手を引かれて人気のないバルコニーに連れてこられ、こうやって頭を下げて心底申し訳なさそうに謝る。高飛車な態度をとっていたあのティトスからは想像のつかない行動に一瞬戸惑いを隠せなかった。アラジンとスフィントスに対して激怒していた時といい、わたしの中でのティトスのイメージがどんどん変わっていく。

『あの時…』

 気付けば言葉が口を割って出ていた。彼の丸い瞳がこちらに向けられてハッとしたけれど、戸惑いながら言葉の続きを紡いでいく。

『わたしに言ったの覚えてる?友達にならないかって。気になってたの、どうしてあんなこと言ったのかって…』
「どうしてって?」
『わたしはアラジンみたいに特別優れた魔導士じゃない。本当は少し前まで落ちこぼれの劣等生だったのよ?なのに…』
「ボクは別に特別な友人が欲しかったわけじゃないよ」
『え?』
「ボクはただ友人が欲しかっただけだ。ボクを理解してくれる普通の友人が。そんなもの必要ないってずっと思ってきたのに…」

 不思議な感覚だった。拳を握りしめ悲しげに瞼を伏せるその人はティトスに違いないのに、まるで、わたし自身を見ている気分だ。この人なんだか似ている気がする。ここに来た頃のわたしに。使命を果たすため他人との馴れ合いなんて必要ない、そう思いつつも心のどこかで人との繋がりを欲していたあの自分に。

「昨晩このバルコニーで歌う君を見て思ったんだ。君はどこかボクに似てる、君ならボクのことを理解してくれるんじゃないかって。どうしてそんなことを思ったのかはよく分からないけれど…」
『ティトス…』
「でもどうやら勘違いだったみたいだ」

 不意にティトスの瞳が曇る。

「さっきあいつ、スフィントスとかいう奴に物凄い気迫で怒鳴られたよ。今回のことでもし君が悲しむようなことになれば、その時は絶対に許さないと」
『スフィントスが…?』
「君は、いい友人を持っているんだな」

 そうだ、君とボクは違う。
 わたしに背を向けて紡がれたその言葉はとても悲しくて。それでも必死に距離を取ろうと努力しているようにも感じた。

「ごめん、今した話は忘れて」
『ま、待って…』
「あぁそうだ、明日アラジンと戦うことになったよ」
『…え?』
「実戦試験だそうだ。勝てば上級魔導士のもとで学ぶことができ、負ければ何も学べない……ボクは明日必ず勝つ」

 最後の一言にゾクリと背筋が粟立つ。次にティトスがわたしに向けた表情には挑発的な笑みが浮かんでいた。

「君の大切な友達、最悪殺してしまうかもしれないけど、悪く思わないでくれよ」




 翌朝、自室を出ると既に廊下は試験場へ向かう生徒達で溢れていた。どっちが勝つと思う?そりゃあティトスだろ、なんたって首席だし。でもアラジンもイクティヤールの時すごかったわよ。じゃあさ掛けようぜ、どっちが生き残るか。そのような会話を交わしながら側を通り過ぎていく生徒達の後ろ姿をわたしはため息ながらに見つめた。どうやら昨晩ティトスの言っていたことは本当らしい。今日試験場で行なわれる実戦試験にてアラジンとティトスが戦う。
 少し前のわたしならきっとアラジンのことだけを気にしていたと思う。でも昨晩のことがあってからティトスのあの悲しげな顔が忘れられない。ああ、憂鬱だ。出来ることなら二人が決闘するところなんて見たくない。だからといって見に行かなくても結局気になって何も手につかないだろうし…。

「おい青蘭、どこに行くんだよ。もうすぐ試合始まっちまうぞ」
『…っ!…なんだスフィントスか。どこって試験場だけど?』
「嘘つけ、その先は教室だぞ?試験場と逆方向に歩いてどうすんだよ」
『…あ』
「…なんかあったのか」

 別に何でもないよ。すかさずそう答えたけれどスフィントスはわたしの顔を見て一層訝しげに眉を寄せる。なに、わたしどんな顔してんの。情けない顔をしていたらと思うとつい顔を背けてしまう。前からため息が聞こえてきたのはそのすぐ後のこと。そして手に触れた手。次には体が引っ張られるような感覚。スフィントスはわたしの手をひいて集団が向かう先へ突き進んでいく。突然のことに思考がついていかないわたしはよたよたしながらされるがままに引っ張られていく。

『ちょ、ちょっと、なに!一人で行けるって!』
「うるせー。チビのおまえがどっか流されていかないように俺様がわざわざ手引いてやってんだ。感謝しろ」
『…なによ。ってか勝手に気安く触ってんじゃないわよ』
「ほんと可愛げないよな、おまえ」
『余計なお世話』
「けど、そっちの方がおまえらしいぜ」
『…は、』
「なにがあったか知らねえし、話したくないなら深追いしねえ。でもおまえはそうやって堂々としてろ。じゃねえとこっちも落ち着かねえ」

 何たる不覚。まさかスフィントスにこんなことを言われるなんて。しかもこいつに諭されて少しだけ不安が和らいだ自分がいる。悔しい。悔しすぎる。

『…生意気』
「あ…?」
『単純!馬鹿スフィントス!』
「…ってめえ!そこは素直にありがとうだろーが!」
「ちょっとォ、道塞いで喧嘩するのやめてくれなーい?」

14'1206 いまでもきっと泣いている 

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