迷子達のユーフォリア | ナノ

「この下劣なガキめ…!杖を抜け!今ここで叩きのめしてやる!」
「やっちまえアラジン!あんなケツデカに負けんじゃねーぞ!」
「なっ…貴様ーっ!」

「…なんだか面倒くさいことになっちゃったなぁ」
『元はといえばアンタのせいでしょーが』

 男ってどうしてこうも子供っぽいんだろう。最初こそ激怒するティトスにどうしたものかとハラハラしていたけど、くだらない争いがこう長く続くと流石に呆れる。まったく、面倒くさいはこっちの台詞だよ。ため息をつきながら言い争うティトスとスフィントスのもとに渋々歩み寄る。
 そして――、

『うるさい!』
「「うぐっ!!」」

 その頭上に拳を振り落とした。ごつん、鈍い音が響くと同時に悲痛な声が上がる。

「ってーな!何すんだよ…ヒィ!」

 わたしの顔を見た瞬間、スフィントスは顔を青くした。何よ失礼な。一度だけスフィントスをキツく睨み付けて、改めて二人を前に腕を組む。

『くだらない口喧嘩はそこまでにして!みんなの戸惑った顔が見えるでしょ?』
「く…くだらないだと!?」
『ええ、心底くだらない…!』
「…っ!」
「青蘭さん、少し落ち着いておくれよ…」
『アラジンは黙ってて』
「はひぃ!」

 最初こそ頭を押さえて唖然としていた二人も説教を垂れるうちに段々縮こまり、最終的には何故か正座になって小刻みに震えていた。これは、はたから見たら相当シュールな光景に違いない。周囲のどよめく声を耳にして我に返ったわたしはしまったと再び頭を抱えた。

「そこ、何を争っている?」
『!』

 突如、鳴り響いたその声ひとつで辺りは嘘みたいに静まり返った。階段をゆっくりと下り、こちらに向かってきていたのは髭を蓄えた老人。その顔を見た瞬間、緊張が走る。彼の姿を実際に目にしたのはこれが初めて。それでも、学院中に飾られた肖像画を度々見掛けたこともあって彼が何者なのかはすぐに理解できた。
 そう。この人こそが、このマグノシュタット学院の長――

『(マタル・モガメット…)』

 ――最も気を許してはならない男。
 威圧感たっぷりに生徒を見下ろすその姿はあまりに大きく恐ろしく見え、冷や汗が頬を伝う。

「李青蘭」
『…っ!』

 唐突に名を呼ばれて肩が震えた。その冷ややかな声でわたしの名を呼んだのは女性魔導士、確かイレーヌ先生だったろうか。彼女は片眼鏡をクイと指で押し上げ、事務的な口調で淡々と言葉を紡ぐ。

「あなたには今から早急に尋問室へと向かってもらいます」
『尋問室…?』
「何故かは、理解していますね?」

 背後からティトスの取り巻き達の押し殺すような笑い声が聞こえてきて、ああそうか、と呑気に納得した。きっとわたしがアイツらを魔法で吹っ飛ばしたことが問題視されているのだろう。そういえば生徒同士の私闘は校則で禁止されてたんだっけ。

「ちょっと待てよ!こいつは…!」
『分かりました』

 これから尋問を受けるというのにこんなにも落ち着いていられたことに自分でも驚いた。スフィントスの言葉を遮ってゆっくり立ち上がる。そのまま先生のもとへ歩み寄ろうとした、その時だった、咄嗟にスフィントスに手首を掴まれる。

「待てって!おまえは何も間違ったことしてないだろ!」
『…わたしが規則を破ったことに変わりはないから』
「でも…!」
『大丈夫!…大丈夫だから、心配しないでよ』
「青蘭…」
『なぁに辛気臭い顔してんの、馬鹿スフィントス』

 憎まれ口を叩いてスフィントスの額を指で弾いてやる。あたかも尋問なんて痛くも痒くもない、そう誇張してみせるように。そうすることで、同時に自分自身にも言い聞かせていたんだと思う。もうあの頃の弱い自分とは違う、たった少しでもわたしは強くなれたんだって…――きっとそう思いたかったんだ。




「お主は同期の生徒に対し風魔法を行使し傷を負わせた。これに誤りはないか?」

 静けさの中に厳粛な声が木霊する。
 尋問室は学院地下部の最深部、誰にも気付かれないような場所にひっそりと位置していた。部屋の中に通されたかと思えば少々乱暴に床に膝をつかされ、分かり切ったような質問を次々にされる。繰り返される質問に早々折れそうになったけれど、両隣に立つ上級魔導士達がそれを許さない。少し背中を丸めただけで両隣から手が伸びてきて姿勢をガッチリ正される。たった少しの気の緩みさえ許されない厳粛な雰囲気は徐々にわたしの体力を奪い、やっとのことで処遇が決まった頃にはわたしの体はもう悲鳴を上げていた。

「それでは処遇を下す………李青蘭、お主に一晩の禁固刑を申し渡す」

 その瞬間、体から力が抜けた。


 暗いのは怖いよ…
 一人は寂しいよ…
 お願い、
 ここから出して――



『(ああ、嫌だな…)』

 禁固だなんて、昔の嫌な記憶を思い出してしまいそうだ。でも…仕方ない。長い尋問を受けて異論を唱える余力なんてどこにも残ってはいなかった。結局処罰を受け入れるように静かに瞼を伏せ、グッと唇を噛む。

 ――けれどその時、

「その必要はなかろう」

 背後から聞こえてきた声に息をのみ目を見開く。いつからいらっしゃったのか、扉の前には学長先生の姿があった。

「モガメット様…!」
「アラジンとスフィントスより話は聞いた。先に暴力を奮ったのは彼女ではなく先方だそうだ。問いただしたところ彼らも正直に認めてくれた。…分かるだろう、彼女に罪はない」

 目の前まで距離を縮めた学長先生は不意にわたしに向かって手を伸ばしてきた。突然のことに為す術もなく瞼を固く閉じるけれど、すぐさま頭に触れた手の平の感触に目を開く。学長先生はわたしの頭を優しい手付きで撫でていた。拍子抜けて固まるわたしに学長先生はにこりと眩しい笑みを浮かべる。

「間違いを正すというのは誰にでも出来ることではない。相手が権力者である場合は尚更のことだ。青蘭、おまえは芯の強い良い子だな」
『……』
「さあ、もう戻りなさい。アラジンとスフィントスが心配しておまえの帰りを待っているぞ」
『(この人……)』
 
 この人が本当に、あのマタル・モガメット?あらゆる地に魔法道具を流通させ、世界を混乱へ導き、魔導士以外を激しく差別する冷酷非道の男?煌にて父親に教え込まれた人物像とは随分と異なっているように思える。こうして対峙して彼の言葉を聞く限りただの優しい老人にしか見えないし、何より――

『(ルフが、綺麗…)』
「んん?どうした青蘭?」
『…っ』

 しまったと息をのんだ。あろうことか敵国の長の前で気を緩めてしまうなんて。相変わらず優しい表情を浮かべている学長先生に何とか毅然を装って首を振る。

『いいえ、何でもありません』
「…そうか」
『それでは失礼します』
「ああ、お休み」

 パタン。尋問室の扉を閉めると同時深いため息が口を割って出た。張り詰めたあの空間から解放された今でも心臓がバクバクと脈打っている。

『(これから、あの人と戦うことになるんだ…)』

 いいや、あの人だけじゃない。マイヤーズ先生やスフィントス、アラジン…このマグノシュタットに住まう人全てを欺き敵に回すことになる。最初から分かり切っていたはずなのに、どうしてかこんなにも胸が痛む。
 せめて、せめてみんな嫌な人だったらよかったのに。そしたらこんな苦しい思いをせずに済んだのかな。
 服の上から胸を押さえ、虚しい笑みを漏らした。

「青蘭…」
『…っ』

 突如、静寂に響いた声に息を飲む。

『あなたは…』

 暗い廊下の先に佇んでいたのはよく見知った少年だった。月の明かりに照らされ、淡い金色の髪がキラキラと輝いている。

『ティトス…』

 わたしの姿を映し出す、硝子玉のようなその瞳はあの夜と同じように揺れていた。

14'0420 すべてのものは輝いて美しい

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