迷子達のユーフォリア | ナノ

 楽しい時間は瞬く間に過ぎてゆくもの。

『「「乾杯!」」』

 今日で1学年の過程が全て修了した。最後のイクティヤールも無事に終わって、後は明日の修了式を待つのみ。本当に、本当に早かった。でも、そう感じるってことはそれだけ仲間と過ごした時間が濃く満ち足りていた証だろう。宴に興じる同期や先生達の姿を眺めながら盃を傾ける。

『まさかアラジンが首席になるなんてね』
「まだ発表まで分からないよ。それに青蘭さんとスフィントスくんもコドル1になったじゃないか」
「ギリギリな」
『スフィントスはまだいいよ。わたしなんてまぐれかもしれないし』

 それでもやっぱり嬉しい。まさかわたしが、試験管の髭をそよがせる程度の魔法しか使えなかったこのわたしがコドル1になれるなんて本当に信じられない。首に掛けたコドル1のメダルを手に取って笑みを零す。

「何を言う、まぐれな訳があるか」
『…っ…マイヤーズ先生…』
「貴様は並ならぬ努力で己の魔法を上達させた。努力が必ずや結果に繋がることをその身をもって示したのだ。その行いは間違いなく後へ続く者達に勇気と希望を与えただろう」
『え…?』

 思わぬ言葉に目を丸めるとマイヤーズ先生はフ…と笑みを漏らした。その眼差しには滅多に見せることのない優しさが滲み出ている。

「忘れるな青蘭。貴様とて我々の誇りだ」
『…っ』

 誇りだなんて、そんなこと生まれて初めて言われた。呆然と立ち尽くすわたしのもとに続けて才凛とネロが駆け寄ってくる。いきなりふわりといい香りが鼻を掠めたかと思えば、いつの間にかわたしの腕の中は花束でいっぱいになっていた。

「進級おめでとう!僕らも来年絶対進級するよ!」
「三人とも頑張って、私達の分まで…!」
『ネロ…才凛…』

 目頭が熱くなるのを感じて咄嗟に貰った花束に顔をうずめる。すごく嬉しいのに素直に涙を流して喜べないのはわたしの悪いクセだ。いつか、いつかもっと素直になって胸の中で燻るこの気持ちを余すことなく伝えたい。だから、今だけは――

『ありがと…』

 ――不器用な言葉で許して。






『父上、わたしコドル1になりました』

 宴会場とは打って変わり、静まり返った自室。月明かりが差し込む窓に近づけば笑顔のわたしがガラスに映り込む。

『今では複合魔法も使えるようになりましたし、一つ一つの魔法の質も前よりずっと向上させることができたんです』

 もしも今の光景を誰かが目にしても、きっとわたしが独り言を呟いているようにしか見えないだろう。事実この部屋にはわたし以外に人の姿はない。けれど、わたしの話を聞いている人は確かに存在した。
 わたしの左腕には丸い形をした青い石が埋め込まれている。遥縁石と呼ばれるこの石は煌の魔導士によって作られたもので、これを通してわたしは煌にいる父と交信することができる。緊急伝達がある時以外は使ってはならないものだけど、どうしても今回のことを報告したくて発動させた。

「…要件は?」
『…え?』
「要件はそれだけか?」

 あまりにも素っ気ない返答に思わず言葉を詰まらせる。

『あ…あの、わたし…』
「…青蘭、何のためにそこにいるのかちゃんと理解しているのか?」

 ため息混じりのその声を聞いただけで父が今どんな顔をしているのか容易に想像できた。

「マグノシュタットは依然煌の属州になることを拒んでいる。このままの状態が続くならば我々は武力行使も厭わない」
『…っ…戦争ですか?』
「そうだ。そうなった時のためにも我々はマグノシュタットの内部情報を充分に得ておく必要がある」
『……』
「分かっているな青蘭、必ずや使命を果たせ。全ては煌帝国のために…」

 ――おまえはそのために生まれてきたのだから。






 頬を刺すような冷たい風が徐々に体温を奪っていく。
 みんなのところにはまだ戻りたくなくてフラフラと彷徨った末に見つけたのはどこかのバルコニーだった。

『(馬鹿みたい…)』

 深いため息が口を割って出る。――父にとってわたしはただの駒。余計な交信をしたせいで改めてそのことを痛感させられた。

『…っ』

 息が詰まるような感覚に衣服を掴む。ドクドク、と心臓はうるさく音をたてた。気を落ち着かせなくては。そう思ったわたしはすうと息を吸い込んで歌を口ずさむ。不安な気持ちになった時いつも母が歌ってくれた、元気になれるおまじない。優しい母の顔を思い浮かべながら一心に奏でる歌は月夜に静かに響き渡る。

 ―ピィピィピィィィ…

『!』

 歌の節目に息をついたその時、背後から白いルフが飛んできた。それらはわたしの側を通り過ぎて星夜へと消えていく。このルフ、一体どこから…?

『……あ…』

 反射的に振り返った先に、一人の少年の姿を捉えた。淡い金色の髪と左目下の泣きぼくろが特徴の、わたしとたいして年の変わらぬ綺麗な少年。ただそこに立っていただけならこんなにも驚かなかっただろう。
 ――彼は、泣いていた。ビー玉のような丸い瞳からぽろぽろととめどなく涙が零れ落ちていく。人はこんなにも美しく泣ける生き物なのか。思わずそんな感想を抱いてしまうほど綺麗に涙を流すその人を、わたしはただ言葉なく見つめた。

「青蘭、そこにいんのかー?」
『「…っ!」』

 どこからか聞こえてきた声にわたし達は同時に肩を震わせる。この声は、スフィントスだ。こちらに向かってきているのか、どんどん大きくなる声に少年は慌てて拳で涙を拭って踵を返す。

『あっ…』

 待って。咄嗟に叫んだ言葉は彼に伝わることはなかった。少年が立ち去ってしまうとルフも一緒に消えてしまい、途端辺りに夜本来の暗さが戻る。

「おう、ここにいたのか」
『…っ…スフィントス…』
「早く戻って来いよ。主役が一人欠けてちゃ盛り上がるモンも盛り上がらねーだろ」
『あ……ごめん…』

 俯いて謝るとスフィントスは肩を竦めてわたしの髪をクシャっと撫でた。「なによ」「別に」「変なやつ」「うるせえよ、行くぞ」だなんて、いつもみたいに毒付いた会話を交わしながら並んで歩く。顔を合わせればこうやって毒を吐き合うけど、気を使わないし本当は一緒にいてすごく楽だよ。こんなこと流石に口には出来ないけれど、もう少し素直になることができたら、その時は…

『言ってもいいかな…』
「んあ?何か言ったか?」
『ううん』

 口元を袖で隠して密かに笑みを漏らす。いつしか息苦しさや不安といった感情は消え去っていた。

『(そういえば、さっきの人…)』

 さっきの少年の顔が脳裏に浮かんで足を止める。彼の姿を見た時、一瞬だけど確かにルフがざわついた。あのようなルフを見たのは生まれて初めてだ。

 あの人は、一体何者なんだろう。

14'0209 光の粒子を集めるような

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