kiss kiss kiss!! | ナノ


※ほんのり大人向けな表現あり。




 練紅覇という男はつくづく悪趣味な男だ。
 女が何より大切にしなければならないとされる顔を魔導の力を得るためにあろうことか腐敗させてしまった、そんなわたしに手を差し伸べた。一国の皇子様がわざわざ自分の手を患って潰れた果実のような色をしたわたしの首に包帯を巻き、同じく腐敗した左頬をまるで壊れ物を扱うように優しく撫でた。左頬だけを包帯で巻くことはできない。どうしても変色した肌が露出してしまうことが避けられないと分かった時、自分のことでもないのに彼は本当に悲しそうな顔をした。そして代わりにうんと美しい召し物と髪を結う簪を用意してくれた。今までに着たこともない上等な衣服に身を包んで、泥水に塗れた黒髪は今となっては簪で綺麗に纏められている。ただそれでも隠しきれなかった左頬と巻かれた包帯がやはり異彩を放っていた。鏡に映る自分を見てこれは滑稽だと思わずにはいられない。だけど、彼はこんなわたしを見て相変わらずきれいだと言った。「可愛がってあげる」その言葉通り彼は私を常に気に掛けてくれたし、愛でてくれる。練紅覇の従者として宮中に足を踏み入れたはずなのに何故か彼のわたしに対する扱いは従者とはまた違っていた。
 その証拠に今、我が主は腐敗したわたしの首筋に顔を埋めて舌を這わせている。煌帝国皇帝練紅徳の子に特有とされるこの紅い髪をぼんやりと眺めながら思う。この男はやっぱりどこかネジが外れている。こんな体なんて誰が抱きたいと思うだろうか。ただそう思いながらも体中をまさぐる彼の手を許し、感じるままに声を上げているわたしもはたからの目にはネジが外れているように映るのだろうが。

「悪趣味だって酷いよねナマエは」
『…は、』
「声に出てたよ。これでも僕は趣味がいい方だと思うんだけどねぇ」

 ベッドに沈み込んだわたしの体を抱き上げてはすっぽりとその腕の中に収める。中性的な顔立ちからてっきり体つきも華奢だと思っていたのに意外と胸板は厚く腕は逞しかった。聞けば彼は如意練刀だとかいう大きな刀を更に巨大化させ、それをいとも容易く振り回して戦うらしい。普段ちょっと歩けばキツいだの汗かくのが嫌だの不満ばっかり漏らしているのが目につくが、本当は影ながら努力しているんじゃないか。わたしの肩を甘噛みしながらぎゅうぎゅうと抱きついてくる主の背中に手を回しながらそんなことを思った。

「ねぇナマエ。まだ自分のことが醜いって思う?」
『…思いますよ、今だって鏡を見れば」

 素直に思いを口にした。人はそんなすぐに変われない。一度嫌いになった自分をまたすぐに好きになれるほど、人間はうまく出来てない。

「そっか…」

 わたしの肩から唇を離した彼はそう言って静かに笑う。その表情は何だか悲しくて、言ってはいけないことを口走ってしまった気分になった。

『何であなたがそんな顔をするんですか』
「ナマエってさぁ…かなり鈍感だよねぇ」
『…仰ってる意味が分かりません』
「好きな女が自分を嫌ってると僕まで悲しくなるんだよ」

 はぁ?、だなんて間抜けな声を出してしまった。好きな女ってなんだ。まさかわたしのことを指しているのか。いいやあり得ない。確かに今こうやって体を重ねてはいるけれど、それは彼の性欲を満たすためちょうど側にいたわたしが選ばれただけでありそこに愛なんて存在しないはず。

『好きな女、とは?』
「おまえの他に誰がいるって言うわけ?ここまでくると鈍感じゃなくてもうただの馬鹿だよ」
『……』
「言っとくけど僕は気のある女しか抱かないから。好きでもない女に体ベタベタ触られるくらいなら自分で抜いた方がマシ」

 少し驚いた。練紅覇という人物についてまだ全てを知ったわけじゃないが、彼の思考は常人のそれから大きく逸脱しているのでは…、というのがわたしの考えだった。煌帝国第三皇子練紅覇は相当の変わり者である。そんな噂がわたしの故郷で流れていたからだ。でも今の言葉を聞く限りでは彼はそこら辺の年頃の男子と変わらないように思える。唖然と見つめていると「主に対して何か失礼じゃなぁい?」だなんてプーと頬を膨らませた皇子から不満が返ってきた。

「まぁいいよ。おまえが自分を好きになれるように僕が何度だって言ってあげる」
『…っひぁ…』

 鼻梁に口づけられ、それを手始めとして中途であった行為が再開する。わたしの体は再びベッドに沈み込み、体を隠し口を覆う手は邪魔だと言わんばかりに拘束された挙句に足を左右に開かされた。今のわたしはきっとみっとない格好であるに違いないのに、彼はわたしを見下ろしうっとりと恍惚な表情を浮かべている。

「すごくきれいだよナマエ」

 やはり我が主は悪趣味でいらっしゃる。でも…、

『(嫌いじゃない)』

 上で忙しく動き始めた彼の瞳をまっすぐ見据えると、重なる手が離れないよう強く握りしめた。



 瞳を閉じればふと、瞼に浮かんだ気がした。練紅覇という男を敬い、慕い、支える。彼が笑えばわたしも笑う。あなたこそ我が王だと、この命を掛けて守り抜きたいと心から思う。そんな、未来。


たとえばそんな未来

2013/08/11


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