kiss kiss kiss!! | ナノ


 まるで捨猫のようだ。それが彼女に対して抱いた初めての印象だった。
 空は黒く分厚い雲に覆われ、そこから降り落ちる大粒の雨はバチバチと音を立てて大地を叩く。この空の下に身を置く全ての人間が気を滅入らせてしまいそうな、そんな一日のことだ。冷たい雨に打たれながら体を縮こませて震える、捨猫のような少女を見つけたのは…。不思議なことに、一度目についてから全くもってそこから視線を離せなくなった。もしかしたらこの時既にその少女が纏う他とは違う雰囲気に心惹かれていたのかもしれない。

「紅覇様、早く皇居へとお戻りくださいませ。お風邪をひかれてしまいます」

 背後では三人の眷属たちが傘を差し掛け心配そうに紅覇を見つめている。主の体調を気遣っているのは勿論だが、それと同じくらい紅覇が得体の知れぬ女と関わりを持つことが不安で仕方なかったのだろう。だが当の本人は大して気にとめる様子もなく少女の方へと歩みを進める。

「ねえ」

 一声掛けるとその小さな肩がびくりと大きく跳ねた。

「そんな所で何してるのぉ?」
『……』

 少女からは返答がない。それどころか己の手を持ち上げ、衣服の袖で顔を完全に覆い隠してしまった。それを見た紅覇は馬鹿だねえ、と小さくほくそ笑む。

『…っ!』

 やや強引に少女の手首を掴み上げると隠れていた顔が紅覇の前に曝される。
 なるほど彼女が必死で顔を隠そうとした理由は確かにそこにあった。左頬から首にかけて、彼女の肌は不自然に変色していた。熟した果実が潰れたような、そんな色。背後から眷属たちの息を呑む音が聞こえる。ああ、そうかと紅覇は悟った。この娘も自分の眷属たちと同じなのだ。今ここにいる三人の眷属は皆、自然の摂理に逆らって魔導の力を得たがために体の一部が腐食してしまった者たち。昔、施設の片隅で「失敗作」として放置されうずくまっていたのを幼き紅覇が召し抱えたのだ。それは日の下で堂々と生きられない者たちをこのまま放っておくことができなかったから。それにこの者たちは美しい。顔立ちが良く、傷を持たないまっさらな女なんかよりずっとずっと。この少女だって例外じゃない。

「おまえはきれいだね」

 少女は目を大きく見開き紅覇を凝視する。やっと瞳をこちらに向けてくれた。余程辛い目に遭ったのか、瞳には絶望や悲しみが混ざる。けれどやはりそこら辺の有象無象の女とは違う眼差し。その瞳に鋭く睨みつけられて、ぞわりと背筋が震えたのが分かった。

『皮肉のつもり?』
「何それ。そんな回りくどいことなんて言わないしぃ」
『………嘘。誰の目にだってわたしは醜く映るに決まってる』
「じゃあそういうことにしておくよ。おまえは醜い。これで満足?」
『……』
「弱者の烙印を押されて差別受けて、そうやってみっとなく地べた這いつくばっててそれで満足なわけ?」
『…っあんたには分からないわよ!!家族にさえ見捨てられたわたしの気持ちなんて…!わたしはただ…』

 妹の病気を治したかっただけなのに。
 張り詰めた糸が切れたかのようにボロボロと涙を溢して少女はそう言った。ただそれでも紅覇に向く少女の瞳には刃さながらの鋭さが、強い意思がある。彼女はまだ、腐ってなどいなかった。ふ…と紅覇は笑みを浮かべる。

「やっぱり、僕の言ったことは間違っちゃいない。おまえはとてもきれいだよ」
『……なに言って、』
「その痣は大切な人を助けたくて頑張ったから出来たんでしょ?勲章みたいなモンじゃん」

 彼女の変色した肌を指でなぞる。そして、きれいだと再び呟いた。

「決めた。おまえ僕のところにおいでよ」
『え…」
「これからは僕がおまえを可愛がってあげる」

 そう、大切に可愛いがってあげる。鼻梁にそっと落としたくちづけにそう意味を込めて。

「だからもっと堂々と図々しく顔上げて、おまえを捨てた家族に見返してやんなよ。おまえがその気になるなら僕はいつだってその手を引き上げてやるからさ」

 目線を合わせるようにしてしゃがみ込んでいた紅覇はその時漸く立ち上がって少女に手を差し伸ばした。ぽかんとただひたすら紅覇を見つめる少女の瞳にはもう刃のような鋭さは見られない。

『なんで…わたしなんかに…』
「僕には兄が二人もいる。だから寂しくなんかない。…だけどおまえは違うだろ?」
『……変な皇子様』

 だけどこんな皇子がいるのならこの国も、こんな世の中も捨てたモンじゃない。そう思った。
 やがて少女は掴む。震えるその手で。のちに自分にとってかけがえのない王となる男の手を。

『…ナマエ。わたしの名前』
「なぁんだ。いい名前持ってんじゃん」

 小生意気な…。少女はそう言って笑った。紅覇の手を強く握ったまま、久々にその顔を上げて空を見上げる。
 降り続いた雨は、いつの間にか上がっていた。


鼻梁へのキスなら
愛玩の証

2013/08/07


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