「少しは俺にも構ってくれよ、ナマエ」 『私、今仕事してるんですよ?』 一国を背負って立つ王ならば、愛する国民のため寝る間も惜しんで行政の仕事に徹するべき。そんな絵に描いたような理想論はとっくの昔に捨て去った。だからこそ今みたいに仕事をサボって押し掛けてこられようと、今更だと割り切った対応が出来るのだ。 『お暇ならば、あなたもご自分の仕事をなさっては?』 「……おまえ、最近ジャーファルに似てきてるぞ」 『あら、最高の褒め言葉じゃない』 「なに!?」 『だって彼ほど尊敬できる人はいないもの』 彼と過ごした時間の長さによるものか、軽くあしらうくらいはお手の物。む…と口を尖らせて何も言えないままでいるシンを見てふと笑みを漏らす。 しかし、このまま仕事に徹せず私の部屋で羽を伸ばし続けるのも考えものだ。何かいい策はないかと考えを巡らしていると、ふとひらめきが浮かぶ。 『こうしましょう、今日一日頑張って仕事をしたら私がご褒美を差し上げます』 「褒美…?」 『あなたが望むこと、何でも一つ叶えて差し上げますよ』 どうやら興味を持ってくれたらしい。ふてくされてそっぽを向いていたシンは急に表情を変えた。 「……本当に何でもいいのか?」 『はい、勿論』 「じゃあ、今まで口にしたことのない上物の酒が欲しいと言ったら?」 『シャルルカンと一緒に探し出して必ずや献上しましょう』 「絶世の美女を王宮に連れてこいと言ったら?」 『シンドリアでナンバーワンのホステスを連れて参ります』 やっぱり。シンが何より酒と女が好きなのは知れたこと。必ずやそのどちらかを選ぶだろうという予想はズバリ的中したわけだ。 しかし、上物の酒に絶世の美女…どちらにしても骨が折れそう。シンドリアの街を駆けずり回ることになる前に仕事を終わらせてしまおう。そう思い、再び羊皮紙と向き合った。なのに、 「じゃあ…」 突然首の後ろへと手が回ってきたため、反射的に顔を彼の方へ戻さざるをえなくなる。するとその時を待っていたかのようにシンは私の耳元に顔を寄せた。そして次の瞬間。彼が囁くように紡いだ言葉は、 「ナマエ、君が欲しいと言ったら?」 これは…、想定外だ。 その言葉が意図することを悟るまで、どのように答えるべきか判断するまで、かかった時間は私にしては長かった。 『……それは、お望みとあらば』 「……意味分かって言ってるのか?」 腕を掴まれ椅子から立ち上がらせたかと思えば、そのまま机上に体を倒される。シンの右手は私の手首に、左手は顔のそばに。また、射抜くようなその熱い視線はしっかりと私の瞳を捉えている。 「俺が望んでいるのはこういうことだぞ。それでも同じことが言えるか?」 『……分かってます』 こんなに長くそばにいるのに、共に成長してきたはずなのに、あなたの目に映る私はまだまだ子供なのだろうか。 『私はもう子供じゃないのよ?シン』 「……そのようだな、今のおまえは完全に女の顔をしてる。いや、本当は分かっていたのかもしれないな」 妹のように思っていたおまえがいつの間にか女に変わっていたことに。 何という不意打ち。するりと伸びた手で器用に私の髪を掻き上げたかと思えば、露わになった首元にキスを落とされる。 「だからこそ、おまえに欲情したのかもしれない」 そんな言葉を紡いで私を見下ろすシンはまさに男の顔をしていた。 しかし、それ以上シンが私に触れることはなかった。私の体を抱きかかえてご丁寧に椅子へと座らせると、仕事のため部屋を出て行ってしまう。一方で静まり返る部屋の中に一人取り残された私は顔を真っ赤にさせた。今まで我慢していた分、羞恥が一気に爆発してしまったのだ。 『ばかシン…!』 どれだけ甘い声で誘惑されたって軽くあしらえるくらい大人な女になったつもりでいたのに、それなのに…。やっぱりシンには敵わない。 首へのキスなら 欲望の証 2013/03/25 |