「それじゃあ呼び掛けてみるよ」
『ええ』

 王宮外の庭園まで移動すると早速自分の剣をアラジンくんに示した。
 話を聞けば金属器に宿るジンを実体化させるためには膨大な量の魔力が必要らしく、迷宮の外では基本実体化は不可能だという。だが、マギであるアラジンくんの並外れた魔力量を以ってすればジンを実体化させることが可能とのこと。まさに今、アラジンくんはここでジンを呼び起こそうとしているのだ。ジンとは一体どのような姿をしているのだろう。好奇心と不安が入り混じった複雑な感情で剣を持つ手に力を込める。

「さあ、出てきておくれ」

 アラジンくんの人差し指が刃上の八芒星に押し当てられた。瞬間、視界は白に染まった。あまりの眩しさに耐えられず目を固く瞑る。


「誰かしら、王になるのは…」

 謎の声に瞼をゆっくりと開いた私はそこで信じられないものを見た。青い肌に風になびく長い髪、胸元に添えられた指先から伸びた爪は長く喩えるならおとぎ話に出てくる魔女のよう。明らかに人ではないその者は確かに目を開いて動いて私たちに礼をする。

「ごきげんよう皆様。わたくしはオリエンス、壮麗と敬愛より作られしジン」
「君がアリアおねえさんのジンかい」
「これはこれはマギよ。お目に掛かれて光栄でございます」

 アラジンくんとジンが冷静に対話する一方で私はパチパチと瞬きを繰り返す。今までも色々と信じられない光景を目にしてきたけど、まさかこんな…

「あらあら、すっかり腰を抜かして…」
『…っ』

 不意にジンが私を見た。その瞳には私の気の抜けた顔が映り込んでいる。確かにいつの間にか私はへたりと地面に座り込んでしまっていた。シン様が駆け寄って支えてくれなければ、いつまでもそのままだっただろう。

「立てるか?」
『も、申し訳ありません…』
「無理もないさ、最初は誰しも驚くものだ」

 流石は七海の覇王。不思議なことには慣れてしまっているのか、ジンを目の前にしてもシン様は至って冷静だった。

「久しぶりだなオリエンス」
「あら、見た顔ね。貴方は確か…」
「シンドバッド、10年前君にフられた男だ」
「…ああ、そう、あの時の少年。王の器シンドバッドよ。七つのジンを使役し、立派な王となられたようね」
「君とは一度じっくりと話をしてみたいものだが、今回アラジンの力を借りて出てきてもらったのは他でもない。アリアが金属器を使いこなせるよう助言してもらいたいんだ」
「……」

 オリエンスは腕を組んで私を見下ろす。その表情は暗い。

「確かに全く記憶がない今の状態では金属器の力を発揮することは難しいでしょう」
『……』
「攻略時の貴方をここで簡単に教えて差し上げることはできます。しかし、貴女はそれでよろしいのかしら?」
『……いいも何も拒否する理由なんてないわ』
「ふぅん、そうかしら…」
『…何が、言いたいの?』
「わたくしには貴方が真実を知ることを恐れているように見えるのだけど」
『…っ!そんなこと…』

 そんなことない。自信を持って言えなかった。記憶を失った当初は一刻も早く思い出したいと思っていたのだ。自分が何者かであるか思い出せないことが怖かった。なのに最近になって真実に近付いていると悟った時、妙な冷や汗をかく。脈が早くなる。激しい鼓動に心臓が悲鳴を上げる。今だって…

「アリア?」

 どうしたの、大丈夫かと背後から聞こえる馴染んだ声。剣を握る手に力を込めた。折角強大な力を得られるこのチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。拾ってもらった恩を返すために日頃から思い続けていることだ。私は、もっと強くなりたい。

『お願い、教えて』

 恐怖を殺して答える。まるで全てを見透かすようなオリエンスの鋭い瞳に心臓がドクンドクンと音を立てるけれど、結局彼女は何も言わず瞼を閉じて頷いた。

「貴方は12歳の時にわたくしの迷宮を攻略した。迷宮がどんな所か露ほども知らずに挑んできた愚かな娘…最初こそすぐに死んでしまうだろうと思っていたわ。だけど貴方は傷だらけになりながらも歩き続け、そして遂にはわたくしのいる宝物庫にたどり着いた」
『でもシン様は私よりも早くにその宝物庫にたどり着いたのでしょう?どう考えたって私よりシン様の方が…』
「確かにジンとは本来王の器と見出した者に力を与える存在よ。そして、はっきり申すれば貴方は王の器ではない」
『じゃあ何故…』
「だからこそよ。わたくしは他のジンとは違う役目を与えられていてね。王の器ではなく王を支え世界を安泰へ導く、いわゆる先導者の器を選ぶようソロモン王に申し付けられているの。そこにいるシンドバッドを主に選ばなかったのはそれが理由。彼はあまりにも王の器に近すぎる」
「……ソロモン、か…」

 難しい内容にぐっと言葉を詰まらせていると重みを含んだシン様の声が聞こえてきた。ソロモン王とは、ジンとは、器とは――。分からない。私が知っている世界はあまりにも狭すぎる。

「…不安に思うのは最もよ。だけど一つ言わせて、わたくしが貴方を主に選んだのはただの気まぐれではない。初めて出会った時に感じたの、貴方こそわたくしの力を持つにふさわしい器だと」
『オリエンス…』
「これは昔にも尋ねたことなのだけど、確認のためにもう一度だけ聞くわ」

 ―貴方はわたくしの力を何のために使う?

 オリエンスの瞳がまっすぐ私を射抜いた。どんな難しい質問をされるのだろうと気を張っていただけあって思わず拍子抜けしてしまった。何のためにジンの力を使うか、そんなの考えるまでもない。全ては、

『シンドリア王国のために』

 この国には私に家族を友を居場所を与えてくれた人たちがいる。彼らを守るために命を落としたとしても惜しくない。心からそう思えるほど、この国の人たちは私にとって大切な存在になっていた。

「ふふ…よろしいわ、今後ともわたくしの持てる限りの力を貸しましょう」

 オリエンスは初めて優しく微笑んだ。どうやら認めてもらえたらしい。今後を保証した彼女の言葉にホッと安堵した。

 しかし――、

『…オリエンス?』

 オリエンスの姿は白い光に包まれどんどん薄くなる。まだ聞きたいことがたくさんあるのに。待って、待ってよ。慌ててオリエンスへと手を伸ばす。消えゆく中で微笑む彼女もまた私へと手を伸ばし――。

 ――指先が触れ合った。

『…っ!!』

 再び視界は白に染まる。
 なに、少し時間が経って次に瞼を開いた時にはまた元の景色が広がっているだろう。そう思っていたけど、私の瞳に映る白はいつまでも消えなかった。あれ、おかしいな。瞬きを繰り返して左右見渡しても見えるのはただの白。周りにいた人たちもいつの間にか消え、残されたのは私とオリエンスだけ。

『ここ、どこ…?』
「ここはわたくしが作り出した虚無の空間。指先が触れた瞬間に貴方の意識を連れてきたの」

 淡々と語るオリエンスの表情は暗く、不安を煽る。どうして私だけがそんな場所に連れて来られたのだろうか。どうにも居心地が悪いこの場所から早く抜け出したくて彼女の名前を呼ぼうとした時だった。

「覚悟はよろしいかしら」
『え…』

 唐突な言葉に目をぱちくりとさせる。

「言ったでしょう、記憶が全くない状態では金属器の力を発揮させることは難しいと。だから――」

 彼女は目を細め、はっきりとした口調で告げた。

「貴方には今ここで、記憶を取り戻してもらいます」


知る覚悟、臨む真実
その選択は吉か凶か

(おい、どうなってんだ!眩しくて何も見えやしねえぞ!)
(ルフが目に見えるほど集まってる…!アリアちゃんは!?)

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