「あら、アリアちゃん」
『こんにちは、ヤムライハさん』

 太陽が空の真上に差し掛かった頃、私はヤムライハさんの部屋を訪れた。彼女は私を見て驚いたように目を丸めたけれど、すぐに笑顔で迎えてくれた。

「どうかしたの?」
『あの、ヤムライハさんに聞きたいことがあって…』

 普段の彼女ならばこんな時目を輝かせて「なになに?」と詰め寄ってきただろう。しかし今は微笑みを浮かべて静かに頷くだけ。どうやら私の異変に気付いたみたい。心配掛けちゃったかな。

「取り敢えず座って?今お茶を入れるわ」
『いえ、どうか気を遣わないでください。それよりごめんなさい、突然押しかけたりして…』
「何言ってるの、力になるって前言ったじゃない」
『でも…、』
「アリアちゃん、あなたこそ気を遣い過ぎよ!」

 突如伸びてきた手に勢いよく両肩を掴まれる。そのまま下向きに力を与えられれば、私の体はストンと椅子の上に落ち着いた。

「私ね、勝手にだけどあなたのこと可愛い妹のように思っているの。だから何かあったら気兼ねなく頼ってほしいわ、もっと甘えてほしい」
『ヤムライハさん…』
「それとも、こんなお姉さんじゃ頼りないかしら」

 眉を下げて笑うヤムライハさんを見た瞬間、胸に熱いものが込み上げてくる。

『こんなに素敵なお姉さんが頼りないわけない。…嬉しいです』

 ありがとうございます。
 声が震える。ヤムライハさんは今にも泣きそうな私の背中を「泣かないで」と優しくさすってくれた。
 やっぱり、この国の人はみんな温かい。




「それで、聞きたいことって?」
『……はい。私が知りたいのは…「組織」のことなんです』

 「組織」と口にした、その時ヤムライハさんの表情が明らかに強張った。

 私がこのような疑問を持つに至った引き金、それは間違いなく白龍皇子だ。今朝、突如私の前に現れた彼は嫌悪感を顕にしてこう問うた。

「あなたは組織の人間か」
「ジュダルとはどういう関係か」

 ただただ困惑した。組織だなんて言われても何のことか分からないし、ジュダルという名も初めて聞いた。しかし、それはあくまで記憶喪失後においてだ。
 私は覚悟を決めて白龍皇子に話した。バルバッドにて記憶を失ったこと、アリアという名は人から頂いたもので私の本当の名前ではないこと。話した上で何か知っていることがあるなら教えてほしいと頼んだ。しかし私の真名がアリアではないと知った彼は酷く困惑した様子で私に謝罪した。話を聞くと彼は人に言われアリアという女性を探していたらしい。シンドリアを訪れた日、私が周りからアリアと呼ばれているのを知り自分の探している人物だと思った、彼はそう言った。どうやら勘違いだったようだ。彼は私のことを知らない。その時ガッカリというより、ホッと安堵したのを覚えている。
 誤解が解け、白龍皇子の警戒心が消えたところで、私は「組織」が何なのか尋ねようとした。どうしても気になったのだ。前にヤムライハさんが「組織」という言葉を口にしたのを覚えている。もしかしたらこの国にも関係することかもしれない。そう思ったから。
 けれど、結局「組織」の情報を得ることは叶わなかった。ちょうどその時、ジャーファルさんが私を探しにやって来たからだ。白龍皇子は私との会話の内容をジャーファルさんに偽って伝えた。だから私もジャーファルさんに嘘をついた。すごく胸が苦しかった。
 そして、今なお私の中には「組織」の謎が残る。モヤモヤして午前中の仕事もあまり手につかなかった。もう、限界だ。


『お願いします、私に「組織」のことを教えてください』
「……そうよね、あなたにも知る権利があるはずだわ」

 話すのを躊躇ったのか。暫く沈黙が続いていたけれど、ヤムライハさんは静かに語り始める。

「アル・サーメン――組織の名よ。決して一つの名を名乗らないけれど私たちはそう呼んでいるわ」

 ヤムライハさんは傍にあった書物を手に取り、広げて示してくれた。古びた羊皮紙に描かれていたのは八芒星と何より印象的な目の絵。不気味で寒気がする。

「今、世界中では様々な異変が起きていてね。戦争や貧困、差別が徐々に拡大しているの。でもね、それは偶然に起きたことじゃない。意図的に起こしている奴らがいるのよ。それが奴ら、アル・サーメン。奴らの好き勝手にさせていたらこの世界はいつか滅んでしまう。だから王は、私たちは奴らと戦い続けているの」

 私はただ愕然として話を聞いていた。
 他の国々では戦争や飢餓が起きている。苦しみ悲しんでいる人たちがいる。とても安易には想像できなかった。

「難しい話で疲れたでしょう?今紅茶を入れるわね」

 にこりと笑ってお茶の準備を始める。その背中を眺めて、フ…と笑みを漏らした。彼女を訪ねてよかった。王のため国のため力を尽くしたいと願う私にとって大切なことを知ることができた。
 シン様たちがアル・サーメンと戦うのなら、私も共に戦いたい。そのために知識も力も今以上に付けないと…。


『(……それにしても、この八芒星やっぱりどこかで、)』

 以前にも感じたことがある。一体どこで見たのだろう。机上に置いたままにされた書物を手に取り、今一度八芒星をジッと見つめる。しかしやはり思い出せずに、今度は八芒星を指でチョンと触れてみた。瞬間だった。

「いい加減、思い出してくださらないかしら」

 声がした。部屋には私とヤムライハさんしかいないはずなのに…。慌てて四方八方を見回す。

「探しても無駄ですよ。わたくしは貴方の頭の中に呼びかけているのですから」
『誰…誰なの?』
「わたくしはオリエンス、壮麗と敬愛よりソロモン王に作られしジン。主は貴方よ」
『オリエンス?ジン?』

 意味が分からない。こんな幻聴を聞くなんて、余程疲れているのだろうか。

「信じていただけませんか。ならば、仕方ありませんね」
『…?……熱っ!』

 腰に携えていた短剣が急に熱を帯び始めた。焼けつくようなその熱さに椅子から飛び上がる。
 一体、何が起こっているの…?慌てて鞘から剣を抜き、刃の白銀を凝視する。

 そして、言葉を失った。

『(これは…!)』

 刃に浮かび上がっていたのは八芒星。それは奇しくも羊皮紙に描かれているものと全く同じものだった。


迫り来る真実
八芒星に導かれ、今――

(どうしたのアリアちゃん……っ!それ…)
(ヤムライハさん、これは一体…)
(…とにかくその剣を持って一緒に来て!一刻も早く王に知らせなくては…!)

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