シンドリアの港に幾艘もの船が停泊した。全ての船の帆には大きく「煌」の一文字。中でも一番の大きさと装飾の華美さを誇る船から黒髪の少年が姿を現せば、その場は多少緊迫に包まれる。
 沢山の兵士に囲まれ颯爽と降りて来たその少年はシン様と対面すると手を組み合わせて畏まった。

「煌帝国第四皇子、練白龍です」


 お日柄の良い本日、煌帝国の使節団がシンドリアにやってきた。何でも以前シン様が煌帝国へ渡った際、皇帝から直々に皇子の留学を依頼されていたらしい。
 この日のために煌帝国についての知識は粗方書物で付けておいた。それにジャーファルさんから色々と事情を聞いてもいる。勿論煌帝国が現在バルバッドを支配下に置いている、ということも含めて。これはバルバッドの王子であるアリババくんにはかなりキツいものがあるんじゃないか。チラ、とアリババくんへ視線を向ける。その表情に特に怒りや悲しみといった感情は見られなかったから取り敢えずはホッとした。

「あれが煌帝国の皇子様か…」
「何かすんげえ堅物臭がすんな」
「恋愛には初心そうじゃない?」
「あー、分かる分かる」
「やめなさい、みっともない」

 傍らでコソコソ好き放題言っている先輩とピスティをジャーファルさんが一喝した。こんな時でも通常運転の二人に危うく吹き出しそうになる。慌てて袖で口元を覆い隠して視線を元に戻した。
 すると、ふと白龍皇子の背後に赤髪の少女の姿を見つけた。華美な出で立ちをしていることから侍女でないのは確かだけど。

「あーっ!!れ…練紅玉殿!?」

 同じく少女の姿を見つけたジャーファルさんは驚愕の表情で声を上げる。練紅玉とはどうやらその少女の名前らしい。

『ヤムライハさん、練紅玉殿って?』
「ああ、煌帝国の確か…第八皇女様だったかしら。何でも王に気があるらしいわよ?追い掛けてきたのかしらね」
『へぇ…』

 ニヤニヤが止まらない。人の色恋沙汰にしっかりと興味を持つあたり私も女子だなぁ…なんて、まるで他人事のように思って小さく笑った。
 しかし、気のせいか。いや気のせいなんかじゃない。皇女様の顔に注目してみるとやっぱり様子がおかしいことに気付く。

『彼女、シン様が好きなんですよね』
「え…ええ、そのはずだけど」

 それにしてはシン様と会話する皇女様の顔がやけに恐ろしい。あれが恋する乙女の顔にはどうしても見えない。どちらかといえば今にも攻撃してきそうなほど殺気に溢れて……なんて思っていたら本当に彼女はシン様に向かって剣を振り下ろした。
 スパッと綺麗に切れた一束分の髪が宙を舞う中、シン様の顔は真っ青。背後に控える私たちの顔も真っ青。

「今すぐ私と決闘なさいシンドバッド!乙女の身を辱めた蛮行、万死に値する!」

 彼女の簪は忽ち巨大な剣へと様変わりし、真っ直ぐシン様へと向けられた。彼女の表情は鬼のように激しく、しかし今にも泣き出しそうな非常にか弱いものでもある。一方でシン様はというと、顔を青くして固まったまま。私たちは皇女様の辱めた発言にパニック状態。取り敢えず今のこの状況を簡単に言うなれば修羅場だ。




 事情が全く読めないまま、紅玉姫はおいおいと泣き出してしまった。とてもまともに話が出来る状態ではない。そのため近くに控えていた姫の従者である夏黄文さんが代わりにこう説明した。
 全てはシン様の煌帝国滞在最後の夜。宴の片隅でシン様を見つめていた紅玉姫は結局声を掛けることも出来ず寝所に戻ることにした。だがそんな折、突如何者かによって襲われ意識を失い、朝起きたら隣に裸のシン様が寝ていたのだという。シン様が姫の恋心をいいように利用して姫の意識を昏睡させたのち行為に及んだのだろう、夏黄文さんは声を荒げてそう追及した。

「うわぁぁぁサイテーひでえぇぇっ!」
「最低ですね」
「お前ら信じろよ自分の王を…!俺が外交の最中に酒で失態をおかすなどと、本当に思っているのか!?」

 シン様の悲痛な訴えに八人将の皆さんは一斉に顔を顰める。

「思います。酒癖においては全く信用しておりません」
「毎度のことっスからね…」
「手を出されたという女性からの苦情が絶えません」
「こないだなんてすっごいお婆ちゃんだったよねー!」
「未然に防いだけどな」
「実は、私も以前手を……」
「なっ…んだとォ!?」

 臣下にこれほどまでに言われる王様って一体何なのだろう。しかもまた最悪なタイミングでヤムライハさんに手を出しかけたという新事実まで発覚し、一斉に非難を浴びたシン様は助けてくれと言わんばかりに私に縋り付いてくる。

「アリア!君なら俺のことを信じてくれるだろう!?」
『え…えっと…』

 そりゃあこの国に来たばかりの私ならきっと何の迷いもなくシン様の無実を信じただろう。私を家族だと言って迎えてくださったあの時のシン様は私にとってそれはもう神様みたいにキラキラと輝いた存在だったのだ。
 だけど、この国で暮らして政務の仕事をしていればシン様の悪癖を身を以て知ることになるわけで。仕事をサボってお酒を隠れ飲んだり、女遊びをしたり、そのつけが全部こちらに回って私とジャーファルさんの目元に最大三日間隈が居座り続けたことがある。そして、極め付けにアラジンくんが語ったシン様との出会い。一番デリケートな年頃の子供たちの前に股間に葉っぱをつけた姿で登場したという。あれは流石にダメだった。正直言ってドン引いた。

「おいちょっと待て、どうして目を逸らすんだ」
『…どうしてか、ご自分の胸に尋ねてみては?』
「アリア怖い!顔怖い!」
「あーあ…王サマ遂にアリアにまで見捨てられちまった」
「仕方ありませんよね。私たちの仕事は実質あなたが起こした不祥事の尻拭いですから?」
「うっ……それは…その通りだが……。だが信じてくれ!今回俺は本当にやっていないんだ!」

 信じられない。信じられない。
 皆は口々に呟いている。この場には誰一人としてシン様の無実を信じる者はいなかった。ジャーファルさんの言う通り仕方のないことだと思う。日頃の行いの悪さが導いた結果がこれなのだから。

「下手な弁解は終わりでありますか?シンドバッド王」

 夏黄文さんはズイとシン様に詰め寄る。

「やはりあなたは姫君の身に手を出したのだ。そうなれば…、責任をとるには姫と結婚する他ないと思いますが?」
「け…結婚だと!?」

 シン様を始め、周りは一斉にざわつく。何だか凄い話になってきた。王が結婚するとなればそれはシンドリア王国きっての一大イベントである。結婚式は勿論、凱旋パレードに来賓。……ただその費用は一体どこから出てくるのか。頭が痛い。政務の仕事を始めて約半年、私の思考は仕事に準ずるようになってきたらしい。これが職業病というやつだろうか。だけど、今回は王の幸せがかかっている。血の涙を流してでも何とか予算を立てなければならない。

『大丈夫ですよシン様』
「アリア…」
『きっと素敵な結婚式を迎えられるよう文官一同全力を尽くします』

 だからどうか泣かないでください。
 手を包み込むようにして握り、優しく語り掛けるとシン様はより一層目に涙を溜めた。


ホシの名はシンドバッド
七海の覇王ってなんだっけ。

(アラジン、アリババくん、モルジアナ!君たちは信じてくれるだろう!?俺はそんな破廉恥なことはしないぞ!)
(え…えっとそれは…)
(それを僕たちに聞くのかい?シンドバッドおじさん)

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