俺の名はシンドバッド。
 シンドリア国王、シンドバッドだ。
 この度俺は煌帝国へと渡り、皇帝との会談を果たした。先方はバルバッドを支配下には置くが、共和国としての自治は認めるそう。勿論国民と王族の身の安全はしっかり約束させた。「七海連合」の長として全力は尽くしたつもりだ。一刻も早くアリババくんたちにこの会談の成果を伝え、安心させてやりたい。
 そして本日。約四ヶ月ぶりに我がシンドリア王国への帰還を無事果たせたわけだが、

「どうしてこうなった」
「何がです?」
「何がです?…じゃないだろう!」

 寧ろ何故この状況をおかしいと思えないのか不思議で堪らないぞ、ジャーファルよ。

「おいしいねえ、みんなおいしいねえ…」
「おいアラジン、この果物もうめぇぞ!食ってみろよ!」

 ま゙りま゙りま゙り、と不気味に響く音。高々と積み上げられた空の皿。そして、食物に埋もれて蠢く肉塊が二つ。その肉塊こそがバルバッドを危機から救った英雄、アラジンとアリババくんだった。
 たったの四ヶ月で人はこんなにも変わってしまうものだろうか。顔は丸々と膨れ、腕はムチムチ、腹なんて抱き心地の良いクッションのようだ。劇的な変貌を遂げてしまった英雄二人の姿に俺は口元をひくり、と歪ませた。


『おかえりなさい、シンドバッド様』

 愛らしい女声が後方から聞こえてきた。
 見ているこちらまで幸せになってしまいそうなその笑顔を浮かべて扉前に立っていたのはアリアだ。何故か銀の受け皿を手に、パタパタと軽い足取りで駆けて来ては膝を折って礼をする。そんな律儀な彼女に俺もまた微笑みとともにただいま、と言葉を返した。

「ここの暮らしにはもう慣れたかい?」
『はい、おかげさまで!』
「そうか、それはよかった」
『あっ…あの、良かったらこれ、召し上がられませんか?』

 ふわり、甘い香りが鼻を霞めた。よくよく見るとアリアが手にしている銀の受け皿の上には艶のよい果物のタルトが乗っている。

『今日は新鮮な果物が沢山取れたので作り過ぎてしまいました』
「これを君が作ったのか!?」
『はい。実はお菓子作りに夢中になってしまいまして…』
「ほう、大したものだな。有難くいただくよ」
『ふふ、どうぞ!』
「アリアおねえさーん!はやくはやくー!」
『あっ…はーい!』

 にこりと笑ったのを最後に、アリアはアラジンたちのもとへ駆けていく。その笑顔は太陽のように眩しく暖かかった。

「彼女、随分と柔らかい表情を見せるようになったな」
「ええ。最初は色々と不安があったのか、常に緊張した面持ちで人の顔色を伺ってばかりでした。ですが今は自分の為すべきことをしっかりと見据えて仕事に励み、充実した日々を送っているようですよ」
「そうか…」

 アリアがこの国での生活を心から楽しめているのなら、それはとてもいいことだ。
 記憶を失ってしまった彼女に最初こそ先行きの不安を感じたが、今となってはこれでよかったのではないかと思える。寧ろこのままずっと思い出さなければいいとさえ思った。暗殺者時代の忌まわしい記憶など思い出す必要はない。どうかあの子の笑顔が永遠に失われることのないよう、心中秘かに祈った。


「失礼いたします」
「…?」

 二回のノックの後、再び後方の扉が開く。そこから女官たちがぞろぞろと現れれば、部屋内は菓子の甘ったるい匂いで充満する。女官たちは各々ケーキやパイなどを手にしており、列を為して子供たちのもとへ歩みを進めていた。

「…あれは何だ?」
「全てアリア手作りの菓子です。今日もまた一段と精を出して作ってましたからね」
「……まさか、彼女はいつも菓子を?」
「はい」
「そしてそれを全てアラジンとアリババくんに?」
「はい」

 その曇りない笑顔と相反して俺から笑顔が消えていく。小刻みに体を震わせて視線を投げかけてもジャーファルは全く気付く気配がない。それどころか最後に入室した女官からパパゴラス鳥の丸焼きを受け取り、子供たちのもとへ駆けていく。

「パパゴラス鳥の丸焼きも来ましたよ!アリババくん、これ好きだったでしょう?」
「うわぁ、ジャーファルさん覚えててくれたんですか?」
「勿論です」
「美味しそうな料理がこんなに沢山…目移りしちゃうねぇ!」
『足りなかったらまだまだ作るから遠慮なく言ってね!』
「『さぁ、お腹いっぱい召し上がれ!』」

 あー、うん。アラジンとアリババくんがこんなに太ってしまったのも致し方ないことだと思う。子供たちの劇的な変貌において、まさかうちの政務官とその補佐が事の一端を担っていようとは…。

「なるほど、よく分かった。これは君たちの仕業というわけだな?」
「『……え?』」
「ジャーファルにアリア、お前たち二人とも暫く子供たちへの接触を禁じる」

 ポンポンと肩を叩いて笑顔で通告すれば、途端顔を青くする二人。酷いじゃないですか!だとか、ろくでなし!だとか、散々不満を漏らされたがそんなの知ったことか。彼らを食客として迎えたからには、我が国のために力を尽くしてもらわなければならない。そのためにあのみっともない体型でいてもらっては困るのだ。

 ピーピー喚く二人を宥めたのち、俺はアラジンとアリババくんに対して「走れ」とだけ伝えた。適度な運動をさせ、食事を減らすよう女官に申し付け、隙あらば高カロリーの食物を差し入れようと目論むアリアとジャーファルを阻止し…(これが一番俺の頭を悩ませた)。
 それから、アラジンとアリババくんが元の体型に戻ったのは数週間後のこと。ここまで親身に手を尽くした俺を誰か褒めてはくれないだろうか。


結果、こうなりました
力を合わせて頑張り…過ぎました!

(おめでとうございます。無事痩せられてよかったですね)
(頑張った二人に私とジャーファルさんからご褒美がありますよ!)
((お腹いっぱい召し上がれ!))
(コラァァァッ!!)

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