『ダメですねぇ…』
「…ダメですね」

 広い廊下に二人分の溜息が漂う。
 アラジンとアリババくんを元気付けようと奮起してから早いもので数日が過ぎた。
 毎日のようにアリアと知恵を出し合っては作戦を立てて実行に移してきたが、彼らは元気を出してはくれない。かく言う今も作戦に失敗し、白羊塔へと戻る途中である。
 やはり彼らが自発的に立ち直るまで黙って見守るしかないのだろうか…。しかし、このまま食事を摂らない日々が続くようなら生命が危険に陥る可能性も十分あり得る。

「せめて果物だけでも口にしてくれれば…」

 栄養分がたっぷり含まれているシンドリア産果実。これさえ口にしてくれればまだ安心もできようが、食事を拒絶している彼らに差し出したとしても受け入れてもらうのは難しいだろう。再び深い溜息をついた、その時だ。

『果物…』

 隣を歩いていたアリアからふと声が上がる。その場で足を止め、口元に手を添えて考え込んでいた彼女は暫くしてゆっくりと顔を上げる。その表情は何か大きな決意を秘めているようにも思えた。

『ジャーファルさん。私、果物を使った創作料理を考えてみます。果物ならスッキリしていて少しは口にしやすいですよね?』
「しかし、今の彼らは…」
『駄目元でも何もしないよりマシですから。アラジンくんとアリババくんをこのままにしておくなんてやっぱり出来ません』

 その真っ直ぐな瞳に息をのむ。

 ああ、そうだった。
 彼女はそういう人だった…。

 その時、走馬灯のように脳裏に浮かんだ。アリアと初めて出会ったあの日の記憶、暗殺者として太陽を避けるように生きてきた私をどうにか日の元へ連れ出そうと奮闘する彼女の強い眼差しが…。幼い私は最初こそ彼女に冷たく当たった。だけど彼女は絶対に諦めなかった。落ち込んでいる者を目にしたら放ってはいられない、そんな子だからこそ私は初めて恋というものをした。
 懐かしさから思わず目を細める。不安や心配など、マイナスの感情はいつの間にか消えていた。彼女のひたむきな努力はきっとアラジンたちに届く。それまで私も挫けることなく力を合わせて頑張ろう。改めて決意を強めた瞬間だった、


「私にも、お手伝いをさせてもらえませんか…!」

 背後から協力を申し出る声が上がる。そこにはファナリスの少女、モルジアナの姿があった。

「私もアラジンとアリババさんには早く元気になってほしいんです。彼らは私の大切な恩人ですから、出来ることは何でもしてあげたい。ですからどうか…」

 彼女としても弱り果てたアラジンとアリババくんを放ってはおけなかったのだろう。床に手をついてまで頼み込むモルジアナからは二人を助けたいという強い思いがありありと読み取れた。

『頭を上げて?』

 深々と頭を下げるモルジアナの前に膝をついたアリアはそっと彼女の肩を掴む。続けて上体を起こしたモルジアナの手を包み込むように握ってはふわり優しく微笑みかけた。

『一緒に頑張りましょう!』
「…はい!」

 強い意志を秘めた視線を交差させながら微笑み合うアリアとモルジアナ。その笑顔につられ、私もまた同じように笑みを浮かべたのだった。




 それからはモルジアナを加えた三人で知恵を出し、果物を使った料理の考案を始めた。

『やっぱり見目が美しい方が食欲も湧きますよね…?』
「とは言えど、あまり重たいものも出せませんよね。空腹には負担でしょうし…」

 黒秤塔の図書館を訪れ、料理の本や巻物を一式机上に並べたまではよい。それからが中々進展しない。一つの料理を考えるということがこれほどに難しいとは…。考えが一つも浮かばぬまま、本を一冊読み終えてしまった。フゥ…と一度だけ溜息をついて裏表紙を閉じ、続けて次の本へと手を伸ばす。その時、右隣から「あの…」と声が上がった。

「こういうのはどうでしょうか?」

 どれどれ。すかさず私とアリアはモルジアナを挟むようにして顔を覗かせる。モルジアナが示して見せた本には果物のソルベと称された絵が載せられていた。一見シンプルだが色合いが美しく体にも良さそうだ。

「うん、いいんじゃないでしょうか」
『ええ、これなら口にしやすそう』

 漸く私たちの間に笑みが漏れる。
 そうと決まれば早速調理の開始。必要な書物を持って王宮の厨房へ向かう。ここまで至って順調。この調子なら早いうちにアラジンとアリババくんのところに完成品を持っていけるかもしれない。

 しかし、事はそう上手くは運ばないもの。

「ジャーファル様!」

 背後から声が掛かった。そこにいたのは私の部下。荒い呼吸を繰り返しながら、よかったと心底安堵した表情を浮かべている。

「書記官がジャーファル様を探しておられましたよ?」
「私を…ですか?」
「何でも昨年度の国事記録について申し立てたいことがあるとか」

 思わず眉を寄せる。昨年の国事記録などを引っ張り出してきて一体何を尋ねたいのかは分からないが、どうやらはい・いいえで済むような話ではなさそうだ。申し訳なく思いつつもアリアへと目配せする。彼女はすぐさま察してくれたようで、「大丈夫ですよ」と笑顔を浮かべた。

『後は私たちで何とかやってみますから』
「…すみません。よろしくお願いします」
『お任せください!』

 アリアとモルジアナの穏やかな微笑みに背中を押され、私はその場を後にした。
 アリアのことだから何かしらドジをやらかすかもしれない。あたふたと動き回る彼女の姿が頭に浮かび、フフフ…と笑みを漏らす。
 さてさて、戻ってきた頃には一体どのようなものが出来上がっているのやら。


Plan B 『スイーツ大作戦』
私とアリアの奮闘日記

(じゃあ早速始めましょう!今回はこの果物を使って作ります!)
(……あの、アリアさん…?)
(うん?)
(それ、果物じゃなくて芋です…)
(……あ。)

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