夜の余韻を残す群青色と朝の訪れを示すオレンジ色。二色の絶妙なコントラストはシンドリアの空を美しく染め上げる。

『行ってしまわれましたね』
「ええ」

 王宮正門前。肩を並べて佇むのはジャーファルとアリアの二人。彼らは遥か遠く、海に浮かぶ一艘の船を見据えていた。帆にシンドリアの国章が描かれたその船は一国の王を乗せて海上をゆったりと進んでいる。


 本日未明、煌帝国皇帝との会談を果たすためシンドバッドは国を発った。
 会談の目的はバルバッド国民を奴隷のように虐げず、共和国としての自治を認めさせること。それは「七海連合」の長であるシンドバッドにしか為し得ないことであった。

『そういえば彼らはどうしているでしょうか』
「彼ら、とは?」
『アリババくんたちです』

 刹那、ジャーファルから笑顔が消える。アリアは決してそれを見逃さなかった。

『何か知っているんですか?』
「……、」

 唇は僅かに開き、そしてまた閉じる。話すことを躊躇っているのだろうか。ただ、明らかなのはアリババたちの身に何か良くないことが起こっているということ。こうしてはいられない。早速アリババたちの元へ向かおうと駆け出す。しかしそれはジャーファルに腕を掴まれたことにより阻まれた。

「お待ちなさい。今行ったところで彼らはまだ眠っていますよ」
『……』

 不安が表情に出ていたのか。地へ向いていた視線を上昇させれば、心配そうに眉を下げたジャーファルの顔が目に入る。

『ごめんなさい、私…』
「彼らに何かあったらと思うと、居てもたってもいられなかったんでしょう?」
『え…』
「安心なさい。ちゃんと分かってますよ、君のことは…」

 誰より私が一番君知っている。その一言だけはどうしても紡げずに、半端に途切れてしまった虚しい言葉。それを誤魔化さんがため、慌てて次の言葉を紡ぎ出した。

「日が昇ったら共に彼らの元へ参りましょう」




 暫くして夜は完全に明け、太陽は大分高い位置へと昇っだ。
 言葉通り二人は食客の住居施設である緑射塔を訪れた。アリババたちの部屋の前に来ると扉を僅かに開け、隙間から中の様子を伺う。確認できたのはテーブル上に突っ伏し、ぐったりとしている少年二人の姿。またそこには朝食の品が所狭しと並んでいるが、手が触れられた形跡はない。

「この国に来てからずっとあの調子です。一日中部屋で塞ぎ込み、食事もろくに口にしていません」
『そんな…一体彼らに何が?』
「…彼らは、バルバッドで大切な友人を失ったんです」
『!』

 思いも寄らない真実に愕然とした。

「君はアラジンの友達であるアリア。ね?」
「アラジンだけずりーぞ!俺も入れてくれよ」


 二人の言葉が頭を巡る。あの笑顔の裏には深い悲しみがあったに違いない。けれど、それを隠して優しい言葉を掛けてくれたのか。じわり、涙が浮かんだ。

『(何か出来ないだろうか…)』

 彼らが手を差し伸べてくれたように、自分もまた…。だけど、そのためにはどうしたらいい?どんな言葉を掛けてあげるべき?皆目検討もつかない。自分には何も出来ない。結局はそれを思い知らされただけ。自分の無力さに項垂れる。
 そんな時だった、不意に背中に手の平の感触を感じた。まるで慰めるかようにそっと支えられた優しい手は無論ジャーファルのもの。

「一緒に考えませんか?彼らが元気を取り戻す方法を」
『ジャーファルさん…』
「彼らの落ち込み様には私も心苦しい思いでした。しかし一人では中々得策も浮かびません。アリア、どうか力を貸してください」

 不思議だ。その言葉と微笑みはアリアの心に確かな変化をもたらした。彼と一緒ならきっと…。熱い思いが胸の奥深くから湧きあがる。
 いつの間にかアリアからは先程までの頼りない表情は消えていた。立ち代わりに現れたのは揺るがない力強い表情。決意を秘めたその瞳はしっかりとジャーファルを見据え、力強く頷いた。


その笑顔が見たいから
力を合わせて頑張ります!

(二人には早く元気になって、美味しいご飯を沢山食べてもらいたいです)
(私も同じ思いです。頑張って最善策を見つけ出しましょう)
(はい!)

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