王宮内に鳴り響いた鐘の音は終業時間を知らせていた。 『お疲れ様でした!』 今日も何とか無事に仕事を終えることができた。先輩に連れ去られるというアクシデントはあったけれど、それを除けば至って平和な一日だったと思う。これからはピスティと先輩と三人で飲みに行く約束をしているがまだ十分に時間がある。さて、どうやって時間を潰そうか。悩みながらも取り敢えず大広間へ向かっていた、その時だった。 『あれ?』 「あ…」 向かいから歩いてきていたのは重そうな鎧に身を包み、鋭い槍を手に持った男性。確か名は…、 『スパルトスさんですよね?外勤からのお帰りですか?』 尋ねると「あぁ」とこれ以上ないくらいのシンプルな答えが帰ってくる。そう言えば外勤ってどのような仕事をしているのだろう。もっと詳しい話を聞いてみたくなって歩み寄る。 しかしである。会話をしようと思っても何故か彼は私と目を合わせない。 『……?』 不思議に思い、彼の視線が向いている先に移動する。するとはたまた視線は別の方向へ。間違いない、彼は故意に私と目を合わせないようにしているのだ。 『あの…』 「失礼」 『あっ…』 結局一度も目を合わせることなく、スパルトスさんは足早に去っていった。虚しく手を伸ばしたまま固まる私を一人残して。 『もしかしたら、私には知らない人格があるのかもしれない』 「ど…どうしたのアリア」 「変なモンでも食ったか?」 夕食を摂る際、私はピスティと先輩に相談を持ち掛けた。呑みたいらしい先輩からは酒場で話そうと持ち掛けられたけれど、とてもそんな気分にはなれない。 『私、気付かないうちにスパルトスさんの気分を害すようなことをしてしまったんだと思う』 じゃなきゃあんなあからさまに目を逸らされるわけがない。私のどんな行動が彼の気に障ったのか分からないけれど、これからどうするべきだろうか。良いアドバイスを得られることを期待して二人の顔を覗いた。 だが、対する二人は何故か頬をパンパンに膨らませて必死に笑いを堪えている。 「深刻な顔して何事かと思えば…」 「誤解だよアリア」 『えっ?』 「それがスパルトスなんだから仕方ねーよな」 わけが分からない。顔を合わせて笑う二人の傍ら、私の混乱は増すばかり。 「スパルトスはただ教えに従ってるだけなんだよ」 『教え…?』 頭上に疑問符を浮かべる私に対してピスティが笑みを向けた、刹那食堂の扉が開いた。 「お、噂をすれば…」 『え、ま…まさか…』 そのまさかだった。開いた扉から姿を現したのはまさに渦中の人物。 「スパルトスー!」 『ああっ、ちょっとピスティ!』 「何だ」 「スパルトスはアリアのこと一体どう思ってんの?」 「……は?」 『誤解を招くような言い方はやめて、ピスティ』 『え?今何て?』 思わず口が半開きになる。避けられていると思い、嘆く私に対して彼の口から紡がれたのは予想だにしない言葉だった。 「教義、だ。私の祖国では許嫁以外の女性とみだりに目を合わせることは好ましくないんだ。今では教えを遵守する必要もないのだろうが、どうも気になってな」 『じゃあ、私を嫌って避けていたわけじゃ…』 「断じて違う」 カァァと顔に熱が篭った。祖国の教義って…そんなのアリか。 「お前の態度が素っ気無さすぎるもんだからアリアの奴、嫌われてんじゃねーかって泣きべそかいてたんだぜ?」 『な…泣きべそって…!』 「本当のことだろーが」 「そうか、それはすまないことをした」 頭を下げるスパルトスさんの姿を目にして、自分の愚かさを痛感する。勝手に変な誤解をしたりして謝らなければならないのは私の方だ。 『スパルトスさんは悪くないです。私の勝手な思い込みのせいで、ごめんなさい』 「いや、いいんだ。ただ誤解はしないでほしい、君は誰かに嫌われるような人間ではない」 『…え』 「だからどうか自分を貶すようなことを思わないでくれ」 『…スパルトスさん』 きっと呆れられてると思っていたのに、それどころか私が自責の念に囚われないよう気遣ってくれた。本当に優しい方だ、スパルトスさん…。 「さ、誤解は解けたことだし握手握手!」 ピスティからドンと背を押され、スパルトスさんと対面する。そのまま私たちは互いに挨拶を交わして握手をした。結局視線だけは一度も交わることがなかったけれど、祖国の教えを大切にする、それがスパルトスさんという人なのだから。 『(いっか…)』 心に浮かべた言葉とともに静かに笑みを漏らした。 交わらない視線 それがあなただと言うのなら (じゃあ呑みに行くぞー!スパルトス、お前も来いよ!) (結構だ。また俺をいかがわしい店に連れて行く気だろう) (ち…ちげーよ!!) (うわっ!シャルったらそんなとこ行ってたんだ…!) (サイテーですね、先輩) (本当サイテーだ。今度俺も連れて行け) (………王サマ!?) (((いつの間に…))) |