「それで、私に言いたいことは?」
「ごめんなさい」

 仕事机に身を潜めていたシンを引きずり出し、説教すること暫く。漸く本人も反省したらしい。首を垂れて素直に謝る姿が見られたため漸く説教をやめた。

「そもそも何故あなたが私の初恋だなんて知っているんです」
「何を言う、お前が自分の口で言ったんじゃないか」
「は…私が?」
「バルバッドへ向かう前夜にだな。まぁ、かなり酒に酔ってはいたが全く覚えてないのか?」


「私にも幼馴染というものがいたんですよ。アリアと言って、その子が私の初恋の相手でした」


「私が、そのようなことを…?」
「お前の口から初めて初恋などという言葉を聞いたものだから俺はよく覚えているぞ」

 あまりのショックに気が遠くなる。自分はそのようなことを恥ずかしげもなくペラペラと喋ったのか。酔った勢いとは恐ろしい。もう酒など絶対に口にするものか。

「どうした、顔が赤いぞ?」
「うるさい」
「それで、再会をきっかけにまた恋が芽生えたりはしないのか?どうなんだね、ジャーファルくん」
「…随分と楽しそうですね、あんた。全く、余計な詮索をする暇があったら少しは仕事をしたらどうです」
「そんな言い方したら俺が全く仕事をしていないみたいじゃないか」
「してませんよね」

 手付かずの書類をこんなにも高く積み上げておいて、よくもまぁそんな口を叩けるものだ。

「もうすぐ煌へ出発しなければならないんですよ?それまでに終わるんですか?」
「う…」
「この際だ。ついて見ててあげますから今からやりましょう」

 薄々予想はしていたが、私のその言葉を聞くや否やシンは血相を変えて扉の方へ駆け出した。勿論逃がすはずがない。眷属器で素早く捕らえ、椅子に縛り付ける。王に対して失礼極まりない行為だが、こうでもしなければこの人はいつまでも書類の山から目を逸らすだろう。なに、拘束は本人が自発的に仕事をやるようになるまで。それまで私も我慢我慢。
 けれど結局、シンが最後の書類に署名を終えるその時まで私が縄を緩めることはなかった。




 シンの監視を終えた私は急ぎ足で執務室へと戻った。ここまで遅くなるつもりはなかったのに、どうしてあの人はあれほどにまで仕事をしないのか。ひとつ溜息を漏らし、執務室のドアノブに手を掛ける。

「すみません、アリア。何か困ったこと…は、」

 紡いだ言葉は中途半端に途切れる。
 アリアは机上で眠っていた。私の机上には書類が完璧に仕分けされた形で乗っている。彼女は作業を終えてからも私の帰りを待っていたらしい。しかし眠気に耐えられずそのままここで…。健やかな彼女の寝顔に弧を描く口元。美しくなった。髪に触れながらふと思う。しかしふんわりと柔らかいこの感触は昔のままで、懐かしさから髪を梳いていると彼女の口から微かな声が漏れる。慌てて手を離すと、暫くしてアリアは薄く目を開けた。

『ジャーファルさん…やだ、私!』
「大丈夫、書類は完璧に仕分け出来ていたよ」
『本当ですか?』
「ええ、君は優秀だね」

 ポッと頬に赤みが差し、顔を綻ばせる。そう言えば昔から嬉しいことがあるといつもそうやって笑っていた。そんな彼女に幼い私はどうしようもなく惹かれたのだ。変わらないなと懐かしく思うも、いつの間にか彼女の笑顔から目を離せなくなっている自分に気付く。変わっていないのは、私も同じか。

『では、お先に失礼します』
「はい、お疲れさま」

 もう夜も遅い。今日はここでアリアを部屋に帰すことにした。扉の前まで見送り、おやすみと挨拶を交わす。ただそれだけで終わるはずだった。

「アリア…」
『はい?』
「その服、とてもよく似合っていますよ」

 途端に見開かれる彼女の瞳。きっと驚いたろう。私とて自らの口からこのような言葉が出てきたことに驚きを隠せなかったのだから。

「あ…いや、気にしないでください。驚きましたよね、こんなこと突然…」
『……いえ、嬉しいです』

 最初こそ驚きと戸惑いの色を浮かべていたアリアの顔に笑みが戻る。その笑顔は花開くように愛らしく、美しかった。
 パタン。アリアを見送り出して扉を閉める。そのままクーフィーヤを取って扉に背を預けた。静まり返った空間に身を置いているとどこかで聞いた言葉がふと脳内に浮かんでくる。

「再会をきっかけにまた恋が芽生えたり――…」

 まさか、そんなことあるわけない。心中で否定の言葉を並べるも何故か相反して顔に熱が篭っていく。たまらずクーフィーヤを掴んでいるその手で熱い顔を隠すようにして押さえた。

 こんなにも顔が熱くなるのも、
 心臓が激しく脈打つのも、
 全部あの子が、


そんな風に笑うから
それが恋だと気付かずに

(……な…何なの、今の…ジャーファルさん、何であんなこと…)
(どうして私はアリアにあんなことを…)
((明日どんな顔して会えば…?))

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