王宮へ戻った私がその足で向かったのはジャーファルさんの仕事部屋、執務室。それは勿論今日のことを謝罪するため。下手な弁解なんかも考えていたけれど、やっぱり素直に謝るのが一番。そう思い彼に対して深々と頭を下げた。叱咤される覚悟は出来ている。頭を下げた状態のまま、ゴクリと生唾を呑んでその時を待つ。

「何故謝るんです?」
『へ?』

 拍子抜けした。私が想像していたのは青筋を立てて怒る姿だったのに、実際の彼は心底不思議そうに首を傾げている。

『怒ってないんですか?』
「怒ってませんよ?」
『でも私、今日からお仕事するはずだったのに』
「ああ、それはね…」

 くつくつと笑い始めたジャーファルさんに今度は私が首を傾げた。

「実を言うとピスティがあなたを王宮外に連れ出すのは想定内だったんです」
『え、そうなんですか?』
「あなたを本国に迎えることを連絡してから一緒に出掛けるのを楽しみにしていたようですから」

 ただ初日にさらわれたのだけは誤算でしたね。
 頬杖をついて笑う彼からは怒りなど微塵も感じられない。私はホッと胸を撫で下ろし、笑みを返した。

『あの、今からでも私に手伝えることはありませんか?』
「それは助かりますが疲れているのでは?仕事は明日からでも、」
『いいえ、まだまだ元気です。それに私、早くお仕事覚えたいです』

 少しでも早くこの国に貢献できるようになりたい。意気込む私に彼は柔らかい笑みを浮かべて頷いた。




『お待たせしました!』

 一旦自室に戻った私は官服に身を包み、再び政務室を訪れた。
 白のシャツを中に着込み、ペチコートのレース部分がスカートの裾から覗くその官服スタイルはピスティが考案したもの。お洒落に疎い私にはよく分からないけど、今期の流行を取り入れたのだそう。しかし、これ本当に私に似合っているのだろうか。ジャーファルさん、私の姿を見た瞬間に固まってしまったのだが。

『変、でしょうか?』
「…っ、いえ全然!う、わ…!」

 勢いよく椅子から立ち上がった、その衝撃で彼の机に山積みされていた書類が一気に雪崩れ落ちる。

『大丈夫ですか?』
「あああ…すみませんっ!」

 慌てるジャーファルさん初めて見た。常に穏やかで落ち着きを保っていた彼が初めて垣間見せた意外な一面。可愛い、だなんてついつい思ってしまったり。思わず笑みを漏らしながら、足元に落ちていた一枚の羊皮紙を手に取り目を通す。

『何これ…』
「どうしました?」
『“シンドバッド王、淫行未遂事件について”?』

 折角かき集めた書類が彼の手から落ち、再び四方八方に散らばった。ほぼ同時に凄まじい早さで問題の書類を奪い取られる。

『ジャーファルさん?』
「その、何でもありません。見なかったことにしてください、忘れてください」
『…あの、』
「忘れてください」

 ああ、これ以上は深入りするなと、そう言うことですね。どうやら私、知ってはならない領域に踏み込んでしまったようです。

「それでは仕事内容を説明しますね」
『…お願いします』

 忘れた方がいいんですよね?シンドバッド王の淫行未遂事件。ものすごく気になるけど、忘れた方がいいんですよね?唯一その件についての気掛かりはあったものの、一通り仕事の説明を受けて業務に取り掛かる。とは言っても私はまだ簡単な仕分け作業しかできないけれど。

『……』

 静まり返った空間の中。熱心に業務に取り組むジャーファルさんにふと目を向ける。手慣れた様子でテキパキと作業をこなす、その姿はとても素敵で憧れた。早くあなたに追いつきたい。

「少し騒がしくありませんか?」
『え!え…?』

 今まで書類に注がれていた視線が不意にこちらへ向けられたものだからかなり焦った。でも、そういえば確かに何かがぶつかるような、そんな音が扉の方から聞こえてくる。

「君は作業を続けて」

 いつまでも鳴り止まない音の原因を確かめるため、ジャーファルさんは政務室を出ていった。一人残された私は積まれた書類を見上げる。これはいつになったら終わるだろうか。考えると気が遠くなる。…でも、やるしかない。

『よし…!』

 その一声で自分を奮い起こし、書類に手を伸ばした。




「何をやっているんですか、あなたたちは…」

 政務室から出たジャーファルが目にしたのは壁に張り付いて聞き耳をたてる八人将たちだった。しかも驚くことに自分の部下や普段ここには来ないはずの兵士たちの姿まで見受けられる。一体これは何の騒ぎなのか。呆然と立ち尽くすジャーファルにピスティは目を輝かせて駆け寄っていった。

「ねえねえ、アリアがジャーファルさんの初恋の相手って本当?」
「…は、」
「ジャーファルさんの初恋の人が食客として来てるって、今王宮内で持ちきりだよ!」
「はぁ!?」

 空いた口が塞がらない。何故そのようなことになってしまったのだろうか。自分とアリアの関係を知っているのはほんの数名。アラジンたちもマスルールもそんなことを一々口外してまわるほど愚かではない。…いや、待てよ。あの人ならどうだろうか。ふと、ジャーファルの脳裏にある男の顔が過ぎる。

「そうか、あの人の仕業ですね…シン!!」

 その後、王宮内には暫くジャーファルの怒声が鳴り響いていたという。


お仕事しましょ!
素敵な上司ができました!

(何?今の怒鳴り声……あれ、八人将の皆さんお揃いでどうしたんですか?)
((((((ジーッ……))))))
(え、な…何?)

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