二周年企画 | ナノ


「…は、おめぇ今何て」

『此処を出ていくって言ったのよ、蛇骨』


ある満月の夜のことだ。
私は前々から心中で燻らせていた決意を仲間達に告げた。
要点をかい摘まんで淡々と述べるも、蛇骨は再度聞き返してくる。仕方なくもう一度同じ言葉を与えてやれば、今度は一変怒気を含んだ顔で私を責め立てた。


「何で、何でだよ!」

『愚問ね。分かってる癖に』

「…っ」


蛇骨の視線が私の左目へと向けられる。しかし私の左目は彼の姿を映し出すことはない。膝上に置いていたその手で顔の左側に触れてみれば、包帯のザラリとした感覚が指先に伝わった。




*
全ては五日前。半日経たずして終えるだろうと言われた小さな戦が悲劇の舞台。
あの時、私は自分の任された場所で刀を振るっていた。そして数刻後、敵の数が徐々に減り始めると私の心に余裕が生まれ始める。
だから気付けなかったんだろう、私が斬った者の中に生存者がいたことに。生存者は残った力で刀を振り、私は刃を左目で受けた。
結果、幸い命は取り留めたものの、左目を失うこととなった。




『私はもう戦えない』


その事実を皆に伝えると同時に自分にも言い聞せる。だから仕方ない、もう此処には居られないと。


『明朝に此処を出ていくわ。今までありがと』


私は皆に口を開く暇さえ与えない。別れの言葉を急ぎ口にして、逃げるように居間を後にした。そうして足早に自室の前まで来ると、漸く息をつく。
言わねばならぬことは全て話した。けれど満足のいく別れだったかと問われれば、自信を持って頷けない。
理由は沢山あるが、やはり一番は蛮骨に対して後ろめたさがあるからだろう。最後に皆の顔を見据えて別れるつもりだったのに、蛮骨の顔は見れないまま。本当は彼こそしっかり目を合わせ、別れを告げねばならないのに…――、



「随分と、勝手が過ぎるんじゃねーか?」

『…っ』


突如、重圧を含んだ低音が空気を震わせた。
声の主は分かっている。だからこそ振り向くことが躊躇われた。だけど、このまま背を向けているわけにもいかない。私は意を決して声の主の方へ振り返る。


『…蛮骨』

「俺との関係もこれで終ぇってか」


彼の瞳には怒りが含まれている。無理もない、全て私が悪いのだ。
しかし元々用意していた別れ台詞も役に立たず、本人を前に沈黙しか生み出せない。そんな私に蛮骨は衝撃的な言葉を紡ぎ与える。


「一人で悩み抜いて決めたんだろうが、おめぇの考えは棄却だ」

『…っ、な…』

「おめぇの話で納得した奴は一人もいねぇ。そんな状態で俺が快く除隊を許すと思うか?」

『そんな…』

「此処を出て行きたいのなら、全員が納得出来るだけの理由を持ってこい」


至って冷静に、淡々と喋る蛮骨。相反し、動揺を露わに狼狽する私。だが、動揺が苛立ちへと変わるのも時間の問題だった。


『仕方ないでしょ、私はもう戦えないの。それ以上の理由が何処にあるっていうの!』

「戦えないから、それは理由にならねぇ」

『…っ』


拳を固くし、恋人を睨みつける。
私には立派な理由としか思えなかった。それだけにあっさりと否定されたことが悔しくて堪らない。
だが鋭く睨みを利かせてみても、蛮骨の表情が崩れることはなかった。いつもそう、蛮骨を前にして私が優勢に立ったことなど一度もない。今回も例外ではなく、観念した私はぽつりぽつりと、心に秘めた思いを言葉に乗せた。


『此処は私にとって、とても大切な居場所なの』


そう、孤独だった私が漸く持てたこの場所はとても居心地が良くて。皆と、蛮骨と、ずっと一緒にいたい――そう思ってた。だから、刃を左目で受けたあの時は痛みよりも絶望が大きかった。
どうして油断なんてしたんだ。後悔してもしきれず、今でも願う。叶うことなら時を戻したいと。しかし、いくら強く願っても時は戻らない。ただ虚しくなるだけ。


『戦えなきゃ、皆の役に立てない。そしたら私が此処にいる意味なんて…』


右目から零れた涙が頬を濡らす。

ここに居させて貰うからには皆の役に立たないと、そんな思いで刀を振るってきた。なのに、この目では今後足で纏いにしかならない。だから身を切る思いで、決別を決めたのだ。


『お願い、黙って行かせて』


一度壊れた涙腺は中々元に戻らずに。溢れる涙を止めることを放棄して、蛮骨の胸板を弱々しく押す。
だがその時、ふと手を掴まれた。驚いて目を開ければ、ぼやける視界の向こうには悲しげな蛮骨の顔。


「馬鹿…!戦ってなくたっておめぇは名前、仲間であって俺の女。何があったってそれは変わらねぇってのに」


それに、と蛮骨は言葉を続ける。


「時間は掛かるかもしんねーが、生き方だって変えることは出来る」

『……、え…』


生き方を変える、そんなことができるの?
未だ不安を拭い去ることが出来ずに瞳を揺らす、そんな私を蛮骨は優しく抱きしめてくれた。


「名前、これからは戦いのことなんざ考えなくていい。ただの女として生きねぇか?」


俺の傍で…、
宥める様に優しく囁かれた言葉に熱い涙が溢れ出す。本当に嬉しかった。でも、私が今回失ったのは戦力だけではない。女として大事な顔まで傷つけてしまったのに、どうして簡単に頷けるだろう。


『こんなキズモノ、蛮骨には似合わないよ』

「あのな、俺がおめぇの上辺っ面だけ見てたとでも思ってんのか!?」

『…っ!』


蛮骨は突然私の肩を掴んで体を前後に揺さぶった。その瞳には再び怒りの表情が現れている。


「顔に傷が付いたくれぇで気持ちが変わるほど、半端な愛し方してねぇよ」

『蛮骨…』


今にも泣き出しそうな声で名を呼べば、今度は一変優しい微笑みを浮かべて彼は言う。


「だからこれからもずっと、傍にいてくんねぇか」

『……っ、ば…んこつ…っ』


本当にこの人は。どうしてこんなにも優しい言葉を紡ぐのだろう。既に脆くなった涙腺もその一言で崩壊してしまう。
また不思議なことに、これだって愛しいと彼にくちづけられた左目がじんわり熱を帯び始めた。

とっくに失われたはずの左目が彼の言葉に、行動に反応する。
それもきっと、貴方が優しすぎるから。




なくした瞳に映るもの
  ――貴方の優しい笑顔





fin.



(後書き)

この度、二周年企画におきまして竜道瞬華さまリクで蛮骨切甘を執筆させていただきました。いかがでしたでしょうか?
片目を失ったところから始まり、苦悩するヒロインを中心に綴った物語。私としても初の試みで、楽しみながら執筆させていただきました(^ ^)
この度は企画へのご参加、ありがとうございました。

(※この作品は瞬華さまのみテイクフリーです)

2012.08.15



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