二周年企画 | ナノ


こちらに来るのは半月ぶりだ。狭く暗い井戸の底から天を仰げば、四角く切り取られた空が見える。その景色は何だかとても懐かしく感じた。



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『……あれ、』


梯子をつたい、やっとのことで井戸から這い上がった私はある男の背中を目にした。井戸に背を預けて座り、こうべを垂れた状態で眠るその人を私はよく知っている。

唇は自然と弧を描いた。
この健やかな寝顔をいつまでも眺めていたい。そんな思いを胸中で抱くも、こんな所で眠っていては風邪をひいてしまうかもしれない。迷った末に彼の名を静かに口にする。


『蛮骨、起きて?』
「………んあ…?」


寝ぼけ声とともに開かれた目は深い海を思わせる綺麗な色。その瞳に私の姿が写し出されると、途端顔を綻ばせてゆく。


「名前…」
『迎えに来てくれたんだ』
「…まぁ、な」
『ふふ、ありがと。…体、冷えたりしてない?』


指でそっと触れた彼の頬はひんやりと冷たい。それは私を待ってここで過ごした時間の長さを示していた。熱はなさそうだが、念には越したことはない。


『早く住処に帰ろう?風邪ひいたら大変…、』



けれど。
その先の言葉は蛮骨の行動によって遮られた。

ふと左腕に掴まれるような感覚。反射的に視線を落とせば途端に腕を引かれ、私の体はそのまま吸い寄せられるように蛮骨の胸の中に収まる。


『…っ!ば…蛮骨!』
「半月も会うの我慢してたんだ。褒美くらいくれたっていいだろ?」
『……でも、』

「じゃあ俺もー!」
『わっ…!!』


背に不意なる衝撃。そして次には全身に締め付けられるような圧迫感を覚える。
自身に何が起きたのか、それを悟るのに大して時間は掛からなかった。


『蛇骨…!』
「よぉ、おかえり名前」


そう。蛮骨に抱きしめられている、その状態で更に後ろから蛇骨に抱きつかれたのだ。


「おい蛇骨、てめー名前から離れろよ」
「やだね。大兄貴こそ離れれば?」
『……二人とも離れてくれる?』


蛇骨も蛮骨も、私を抱きしめる腕を一切緩めようとはしない。息が出来ないほどにぴったりと密着する体に私は身動きすらできず、二人に挟まれて固まるしかなかった。言うなればサンドイッチ状態。このままだと心臓が破裂してしまいそうだ。

しかし私の切なる願いはそう簡単に聞き入れてはもらえない。互いに険悪な顔つきで視線を交差させる二人。私の心は悲鳴を上げる。


そして激しく脈打つ心臓に遂には息苦しくなり、意識は遠退き始めた。


その時だ。



「何をしている」


ズシンと心に重く響く、その低音が朦朧としつつあった意識を呼び戻してくれた。これを機にと必死でもがけば、漸く声の主が確認できる。


『煉骨…睡骨…』
「なぁんだよ、おめーらまで名前を出迎えに来たのか?」
「こんなことになってると思ったから不安で来たんですよ。まったく…二人とも馬鹿なことやってないで名前から離れろ!」


二人の腕の力が一瞬緩んだ、その絶妙なタイミングを見計らって何とか無事に脱出成功。
肩に手を回して体を支えてくれる煉骨に感謝しつつ息を落ち着かせた…。



しかしである。


「おい煉骨テメェ!」
「ずりーぞ煉骨の兄貴!」
『…っ!?』


一体何が癪に障ったのか。
落ち着きを取り戻したように見えた二人は再び眉間に皺を寄せて口々に不満を漏らす。漸く平穏が戻ったかと思いきやこれだ。


「おい、いい加減にしろ!いい年して恥ずかしいと思わねぇのか!」
「っるせーハゲ!涼しい顔してさりげなく名前の肩抱きやがって…!知ってんだぞ、お前が名前に惚れてるのは…!」
「なっ…!何を馬鹿なことを…」
「馬鹿はてめーだ!顔真っ赤にして何言ったって誤魔化せやしねーよ!」


これでは単に挟まれる相手が二人から三人に増えただけ。耳元で鳴り響く三人の怒声に溜息を漏らさずにはいられなかった。




その後、三人の論争に巻き込まれた末に私が救出されたのは暫く経ってからのことだ。


「大丈夫ですか?」
『あぁ睡骨…。つ…疲れた…』
「ふふ…大変でしたね」
『笑い事じゃないよ…。みんな一体どうしたっていうの?』
「…それは名前さんがあちらで“てすと”なるものに向けて頑張っている間、皆さんも名前さんに会うのを我慢してましたから。会えた喜びが爆発したんでしょう」
『……』


思わず言葉を飲み込む。
確かに、進級がかかったテストということでいつにも増して真剣に取り組んだために半月もの間みんなと顔を合わせることができなかった。
…私はみんなと会えるこの日をずっと心待ちにしていた。一方で彼等も同じように思ってくれていたのなら、それはとても嬉しいことだ。


「勿論私も、あなたに会えずに随分と寂しい思いをしました」
『睡骨…』
「暫くはここに居てくれますよね?」


私の頭を優しく撫でながらそのような言葉を紡ぐ睡骨は医者の顔でありながら、どこか違和感を感じる。けれどその違和感が何かに気付かぬまま何故か胸がときめいたりした。恥じらいから思わず顔を俯かせる。

……だからか、睡骨の背後に佇む影に最初こそ全く気付かなかった。


「どさくさに紛れて何抜け駆けしてんだよ」
「…何のことでしょう、蛮骨さん」
「白々しいな。騙されねーぞ、睡骨おめぇ…医者の顔してながら心は悪人だろーが」
『……え?』


「………んだよ、バレてたか」
『(睡骨ぅぅぅ!?)』


羅刹でもない、医者でもない、統合なる性格が彼に存在することは勿論知っている。
けれど相も変わらぬその優しい顔で悪態をつくのだけはやめて欲しかった。



さて、狼狽える私を余所に四人はいよいよ取っ組み合いの喧嘩を始める。

折角久しぶりに顔を合わせたというのに…。
私の堪忍袋の緒が切れるのは時間の問題だった。


『いい加減にしなさい!!』
「「「「(ビクッ)」」」」


誰が諫めるよりも私が一喝するのが何より効果的らしい。ピタリと動きを止めた四人の顔は見る見るうちに青ざめてゆく。ただ、その顔を見ていると怒りなんて感情は跡形もなく消え去ってしまうのだから不思議だ。



『銀骨たちが待ってるわ。…帰ろ?』


仲間が集まる住処へ。

笑顔が自然と浮かぶのはみんなが傍にいる安心感から。そして何よりみんなが必ず笑顔を返してくれると分かっているから。

現代に比べればこの時代は危険で、お世辞にも住みやすいとはいえない。それでも井戸に飛び込んでここに戻って来てしまうのはやっぱり、大好きなみんながいるから。


fin


(後書き)

最後まで読んでくださりありがとうございます。
ナオコさまからのリクエスト、四骨逆ハー夢を執筆させていだたきました!
ほのぼの甘い感じでとのことでしたが、うまく表現できてますかね…(ドキドキ)
というかグダグタ感が何とも否めませんけれど←
勿論、今作品はナオコさまのみ修正を受け付けておりますので、気に至らない点があれば何なりとおっしゃってくださいね…!
それでは、この度は企画へのご参加ありがとうございました!

2013.03.31 蓮


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