二周年企画 | ナノ


それは十数年前、まだ私と蛮骨が共に暮らしていた頃だ。あの日は確かちょうど月のない、そう朔の日だった――。



見えない月に願う




『……蛇骨、やはり私にこういうものは』
「あー、動くなって!黙って目ェ閉じてろ」
『う…』


私は今、蛇骨に化粧をされている。また身を包むのは普段の巫女装束ではなく、着たこともない可憐な着物。
今日は町で祭りがあるらしい。そしてまた朔の日ということで私は人間の姿。この偶然を知るや否や蛇骨はいい事を思いついたと声を上げた。
しかし何をするかと思えば、まさかここまでめかし込まれるとは。


「こんな機会滅多にないんだからよ。今日は目一杯めかし込んで一緒に楽しもうぜ!……ほら出来た!!」


やっと終わったかと一息ついたのもつかの間、蛇骨は私の手を引き家の外まで連れ出る。そこには既に祭りに行く準備を整えた蛮骨の姿が。


「ったく何にそんな時間が掛かっ…て…」


私の姿を目に入れた途端、不満を呟く彼の言葉が途切れた。そのまま目を丸めて私をじっと見据える。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。


『や…やっぱりこんなの私には似合わない!着替えてくる!』
「え、名前!」


私には巫女装束で十分。
止めようとする蛇骨を振り払って家の中へ方向転換する。だが、いざ足を踏み出す前に蛮骨の手が私の腕を掴む。


「着替える必要はねぇ。それ着てけよ」
『…でも』
「スゲー似合ってる」
『…っ』


似合ってる。彼の口からさらりと紡がれたその言葉に体温が一気に上昇した。私の顔はきっと赤く染まっているだろう。こんな顔、見せられない。
意気揚々と歩く蛇骨に引きずられながら、私は俯き必死に顔を隠すのだった。






「げ!めっちゃ混んでるし!」


祭りが行われる町へたどり着くとそこは人々の活気で賑わっており、正直私も驚いた。道は行き交う人々によって埋め尽くされている。けれど魅力的だ。
最初こそ不満を漏らしていた蛇骨も道に沿って並ぶ出店を見れば途端に目を爛々とさせる。


「早速見て回ろーぜ!あ、あっちで簪売ってる!お、こっちはべっこう飴だ!」
「ガキかあいつは…」
『いいじゃない、今日くらい』
「珍しく蛇骨に甘いんだな」
『蛇骨には感謝してるの』


私に女としての喜びを与えてくれた。
楽しみに溢れた場所に連れて来てくれた。
半妖であることに負い目を感じ、人との接触を避けてきた私にとって蛇骨の厚意は本当に嬉しい。


「じゃあ俺等も行くか」
『…ん』


自然と触れ合う手。
私達は活気溢れる町の中に足を踏み入れた。


けれど、やはり人が多くて出店をじっくり見てまわるどころか歩くこともままならない。人と肩同士がぶつかりよろめくも、その度蛮骨に支えられ助けられる。


『ば…蛮骨』
「こっちだ、名前」


私の手を引き人気の少なそうな路地を選んで進んでいく蛮骨。繋いだ手が離れないようしっかりと握ってくれていて。私もまた、それに答えるようにギュッと手を握り返した。






「ここまで来りゃ落ち着けるな」


落ち着ける場所を求め歩き回ったのち、漸く足を止めたのは町沿いの河川敷。
そこで腰を下ろし息を整える。だが、すぐにある失態に気付くこととなった。


『どうしよう、蛇骨忘れてきた!』
「あ。……まぁいーや」
『よくないだろう。後で煩いぞあいつ』
「今頃男でも引っ掛けてんだろ。気にするこたァねーさ」


そう言うと今度は手を強く握り、その群青色の瞳で私を見つめてくる。


「それに、漸く二人きりだ」
『……』
「どうした、…名前?」
『う…煩い…!こっち見るな!』


彼とは随分と長いけれど、いつまで経ってもこの射抜くような瞳には慣れない。
心臓がドクドクと脈打つのを感じ、何とか平常心を取り戻したいがため顔を背ける。


だが、心臓が落ち着きを見せる前に――。



ドーン!!

突如何処からか響いたその音に再び心臓の動きが早まった。


『な…何!?』
「打ち上げ花火だよ、ほら見てみろ」
『…花火?』


蛮骨に言われるがまま見上げれば、キラキラと輝く火花が目に入る。一度打ち上げられた花火を皮切りに、次から次へと花火が夜空に咲いた。

赤や青、黄色に色付けられた美しい花火に私は一瞬にして心を奪われる。
そして無意識にこう呟いた。


『ここに来れて本当によかった』


――と。
その時、私の手を握っていた蛮骨の手に更に力が込められる。

反射的に彼の方へ顔を向ければ、不意に彼の唇が私のそれに重なった。




あの日のことは一生忘れられない、私の大切な思い出。月の見えない晩がやってくる度、昨日のことのように思い出す。

そして、ついその月に願ってしまうのだ。
どうかまた、あの晩のように彼と心から笑い合える日が来ますようにと。



fin



(後書き)

今回、豆狸さまのリクエストで「桜色の約束」の番外編を執筆させていただきました!いかがでしたでしょうか?
過去設定で蛮骨相手のお話をご希望とのことでしたので、まだヒロインが封印される前、二人が悲しい別れをする前の、ある朔の日の出来事を執筆しました。
しかし締めくくりが少し切なめになってしまったような…。本編がシリアス全開なので、どうもその影響を受けてしまうようです。
その点も含め気に入ってくださればよいのですが…。今作品はリクエストくださった豆狸さまのみ修正を受け付けております。至らない点があれば何なりとおっしゃってくださいね!今回は企画へのご参加、ありがとうございました!

2013/02/13 蓮


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