「ねぇ、君、誰?」
「え?」

春が再びその男と出会ったのは、あたりが立ち込める霧のような小雨で覆われている日だった。































サアアアァーーー……

時刻は朝方に近い4時半過ぎ。薄暗い室内。サァサァと雨戸の向こうから響く雨音は低く、そこに混じるテレビの電磁音は実に機械的だった。つけっぱなしでいたせいでテレビの不快なノイズ音によって起こされた春は、冷え込んだ室内に腕をさすった。
見れば布団がベッドの端から落ちており、お腹をさらす形で眠っていたらしい。道理で寒いと思った。きしむベッドの上を移動しながら、落ちた布団を回収する。

ギシッ

春がこの物語、ペルソナ4の世界に来てから、およそ一ヶ月が経とうとしていた。未だに帰る目途は見あたらず、頼みの綱の能力は見る影もない。
高校生メンバー…通称特捜隊。彼等のリーダーである鳴上悠が、警察官の叔父に、失踪人や家出人の捜索願がでていないかそれとなく調べてくれた様だが、結果は惨敗。ゼロに終わったらしい。それも当然。春はこの世界の住人ではない。国籍(こくせき)も戸籍(こせき)も住民票もあるはずがなかった。
ではやはりシャドウかと思われたが、彼らの仲間の中に一人、クマというシャドウがいる。シャドウは本来生身の肉体を持たず、中身は霧だけの未確認生物のようなもの。血等は通っておらず、怪我をしても人間の様に赤い液体は流れない。
では、春はというと、赤い液体だって流れている。証明するのは簡単だった。ただ、傷を作ればいい話である。

「きゃ!」

春がいきなり手にしていた鋏で自身の掌を傷つけた瞬間、誰かから悲鳴が上がった。
浅く切りつけたので傷事態は大した事がない。斜め一文字に開かれた傷口からは、赤い液体がすぃっと流れ出していた。春は見せつけるように傷口を晒した。

「あの、これで、人であると証明できましたか?」
「…まぁ」
「だ、だからって女の子が傷をつける事ないだろう」

冷静に受け答えする春と相棒である鳴上の淡白なやり取りに、常識人な赤髪が異を唱えた。人間である立証を立てるにはこれ以上ないくらい有効的な方法なのだが、いきなり血を見せられる立場としては心臓に悪いのかもしれない。

あーもう!

絆創膏はどこだ!慌てふためく赤毛の青年は、名を確か花村と言ったか。花村と違い、鳴上青年はぼぅっと突っ立っているだけで微動だにしない。予測不能な事態に驚いているのだろう。まさか自傷するとは思いもしなかったに違いない。年相応な反応に、不覚にも可愛いと思ってしまった。
作りたての傷口から、じくじくとしたムズ痒さが広がる。
手当が終わり、春の処遇をどうするかで一同はまたも頭を悩ませていた。
既に千枝の家だけではなく赤い制服の女子…雪子に鳴上の家にも泊めてもらっている。しかも数日単位。どうするか、どうなるか。

「ここはやっぱり、警察に届け出た方が良いんじゃないかしら?」
「雪子もそー思う?」
「人なら確かにそうするべきだろーけど、もし家出だったりしたら俺らが何で匿ってたのか言う羽目にならねぇか?」
「でも人なんすよね、ここは警察が有力だと俺は思うっすけど」
「だぁから事情を聴かれたら困るのは俺らだろ?」
「良心の呵責(かしゃく)か、事故安否か…」

ピタリっ
順に雪子(赤い制服)、千枝(緑ジャージ)、花村(赤髪)、完二(筋骨隆々マッチョ)、再び花村、が示し合わせたかのように順を追って話していく。最後の鳴上(灰髪)の発言を最後に、全員の動きが停止した。
まるでドラマだ。台本でもあるかのように順序良く別々に話して会話をつなげていくそれは、打ち合わせ無しとは思えない見事な連携プレイだ。

「先輩…」
「鳴上君…」
「鳴上…」
「君って奴は…」
「…え?な、何?」

一同の視線が鳴上に向く。そう言えば花村の鳴上への呼び方が“相棒”ではなく名字呼びなのも妙だった。ストーリー的にはまだそこまで進展してないのだろうか?確かに暫定メンバーの内二名、りせちー(アイドル)や直人(探偵)はまだ仲間にはいないのか、彼らの周りで見た覚えがない。

「とーにかく!」

バンっ!と手をたたく音。千枝が両手を叩き合わせたらしく、痛かったのか少し涙目だ。

「彼女が人間だってことは判ったわ!ここはひとまず、彼女に会った場所に行ってみない?」

その発想はなかった、と春は目を見開いた。
人間であると言う証明をすれば、必然的に浮上する問題。衣食住の整った環境…つまり家の存在だ。年齢を差し引いても、親に留まらず最低限生活を保障する家族はいるものと考える。高校生だけでは宛もなく探すのは容易ではない。ならばやはり警察に預けるのが道理だが、春は賭けに出てみたのだ。
彼らは春が人間か否かで判断を遅らせ、警察に届け出るべきタイミングを完璧に見誤ってしまっていた。鳴上の家に泊まった理由も実はそれだ。
警察に勤務している叔父に会わせることで、捜索願の出ている人物に該当しないか、叔父の記憶に引っかからないかを試す為のギミックだった。
結果は失敗だったが収穫もあり…春の存在の異様さは、これがきっかけで浮き彫りになったようなものである。
嘘を付いて今し方保護したと警察に届け出るには、警察官である叔父に会わせた手前無理がある。事情を話すにしても、そこで生じる霧深い世界…真夜中テレビの中での遭遇と言う、不確かな世界の存在証明。それが出来るほど、彼らは馬鹿ではないと思ったのだ。

「…里中にしては、いい発想してんじゃないか」

案の定、警察への届け出はなくなったらしい。
ほっとした瞬間、私にしてはって何よ!と、目前で花村が千枝に蹴り飛ばされていた。




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