「う〜〜…」
「ちょ、テメ!まともに歩きやがれ糞チビ!」

弱いなら飲むんじゃねぇ!と隣で喚かれている感覚はあるものの、生憎酒が回った身体は鈍い反応しか返せなかった。
つい先日二十歳の誕生日を迎えたおりに、時期的にクリスマスが近かったこともあり泥門時代の同期やライバルを交えての飲み会が開催されたのが二十二日。既に深夜は越えている為本日の日付は二十三と、クリスマスイブを翌日に控えているせいか朧気な視界にちかちかとイルミネーションらしき物が入ってくる。
時刻は判らなかったが騒がしい喧騒が聞こえてこない辺り、大分夜も更けた頃合いなのだろう。
ふわふわとした感覚を引きずりながら、きらびやかなネオンが灯る町中に視線をさ迷わせる。
クリスマスは恋人達の季節。と言わしめんばかりに普段は恋人達で賑わいを見せている商店街には、ヒル魔と瀬名以外の人影は見当たらなかった。故意ではないにしろ二人きりなのだという事実に瀬名は酔いが覚めてゆく感覚を自覚した。
意識し出した途端、ヒル魔の肩に回した右腕が熱を持った。右腕と言わず全身が熱いのだが、お酒のせいだとごまかすようにもたれかかった体に力を込める。

「っ…おい!」

重ぇ!と言われたがもたれかかった体躯はバランスを崩すことなく自身の身体を支えている。細い体つきの割りには力があるよなぁ。なんて。自分だって元々細い上に筋肉のつきにくい身体はどうしたって同級生よりも劣っている。そのくせまるっと自分の事は棚上げにして、ヒル魔の横顔をぼんやりと眺めた。
身長差は高校1年の頃に比べたら大分つめる事ができたと思う。それなのに未だにヒル魔にはチビと言われているのが釈然としない。
でもそれが泥門時代の名残を感じさせてたまらなく嬉しい、なんて。案外自分はMかもしれない。ふふっと笑うと気色悪いと言われた。
お酒の回った身体でぼんやりと思い出せるのは、ヒル魔に右腕を捕まれて、半ばもたれかかる様にお店を出たあたりぐらいまでのことだ。お店の中は未だに熱気止まずといった状態で、頭の隅でまだ騒げるのか…と思ったのはつい今しがたである。
用事があると言って先に帰った陸と進以外、ほぼオールスター勢揃いだったものだからお会計はきっととんでもない。
初めて飲んだお酒は苦くてとても飲めたものではなかったが、果実をメインに甘めのカクテルだけならそこそこ行けた。でも二杯程度飲んだだけでは流石にそんなに酔わないと言いたい。
瀬名はヒル魔の横顔をもう一度見た。
中身はともかく、外見的にヒル魔はとかく美形の部類に入っていた。内面さえ知らなければ以外と、本当に以外と女子受けは良かった。
町中ですれ違う女性達が、ヒル魔の方に何度も視線を滑らせているのを瀬名は知っていた。本人はそんなものに興味がないのか気がついていないだけなのか、普段と変わらず傍若無人な要求ばかりする。
『ほら、今、ヒル魔さんの事格好いいってあの人が言ってましたよ』
左腕を引っ張って指差した先には二人組の女性。ふわふわと風に靡かせた茶髪のカール頭が可愛かった。
『いいなぁー、あんな可愛い子に格好いいって言われて』
『ケッ、あんなケバい女のどこが良いんだよ』
『あ、失礼ですよ!女の子にそんな風に言うなんて!』
『うっせぇ!糞チビ!』
ヒル魔の物言いに抗議の声をあげると不機嫌な顔をされた。襟元を捕まれて、自然顔が近くなる。
『第一、テメェーが俺を選んだんだろうが。女なんか見てんじゃねぇ!テメェーは俺だけ見てりゃいいんだよ!?』
ケッ、と悪態を吐かれ更に顔が近くなる。制止の言葉も出ないほどに急に口唇を塞がれた。
すぐに離れたはいいが、大通りに差し掛かった町中の端。当然人目のあるなかでの行為に瀬名がパニックに陥ったのは間違いなかった。
去年の十月の出来事である。
もう一年以上も前になるのかと思うと実に感慨深い。
今日の飲み会とて、ヒル魔に好意を寄せる様な視線を目撃した為に自分のペースも忘れて飲みすぎたにすぎない。結果ヒル魔におぶられるはめとなったがこれはこれで結果オーライだった。
告白できなかった泥門時代。いや、させてもらえなかったと言う方が正しいか。
高校二年。ヒル魔達が三年に上がった時分の事だ。片想いに終止符を討つように何度となく思いを伝えようと努力したのに、卒業式当日になってすらも彼は告白の"こ"の字さえも言う事を許してはくれなかった。
多分、彼は気づいていた。僕の気持ちに。気付いていて告白させないようにしていた。
だから、おそらく遠回しに拒絶されていたのだと思う。
渡米してからというもの彼に対する想いは増幅するばかりで減る事を知らなかった。募る想いは諦めを知らずに、故に今隣に彼が歩いている。
苦い恋をした高校時代。言葉無い拒絶に、それでも彼を諦めることがなくてよかった。
彼に正面から告白できたのはアメリカからの帰宅後すぐだった。炎馬大学合格発表日。恋ヶ浜大とのデビュー戦終了後。
勇気を出して告白したその日以来、僕達は恋人同士となったのだ。
今思い返しても恥ずかしい。告白後、まだまばらに生徒達がいるグラウンド内で初めてヒル魔にキスをされたあの瞬間。どよめく生徒達を押し退けて上がる銃声に目をやると、そのまま公衆の面前での恋人宣言。
呆気にとられる生徒一同を前に再び口を塞がれた時には本当に心臓が止まる思いがした。いやマジで。

「おら、とっとと靴脱ぎやがれ」

ふと気が付くと既に自宅の前に居た。自宅と言ってもヒル魔の家だ。
酔っぱらいをおぶった状態で帰宅するなら瀬名の家よりもヒル魔の自宅の方が近かったのだろう。
乱暴に玄関口に放り投げられて、瀬名の口から潰れたカエルの様な声が漏れた。

「うぅ…酷いです」
「うっせぇ」

ぶっきらぼうに返されてべそをかく。しかし酔っぱらいの戯言を聞くきはないと言わんばかりに、ヒル魔は乱雑に瀬名の両足から靴を剥ぎ取った。靴を脱いだことにより足の解放感が半端無い。
玄関先のマットの上で若干眠りかけていると、脇を抱えられて身体が浮遊感に包まれる。ヒル魔に抱えられているのだと気がつく前に、身体は柔らかい羽毛布団に頭からダイブしていた。

「ぶっ」
「間抜け面」

ダイブした瞬間漏れた声に、ヒル魔の笑い声が聞こえてくる。羽毛布団に顔が埋もれて息が出来ずにバタついていると、ベッドに重みが加わりギシッと軋みをあげた。途端腕を引っ張られて仰向けになる。そこでようやくヒル魔がベッドに乗り上げたことに気が付いた。

「…何笑ってやがる酔っぱらい」
「え…ひゃ!いたたたた!」

ヒル魔の顔が視界に入り、へにゃりと笑う。気に入らなかったのか鼻を思いっきり摘ままれた。鼻から手が離れた瞬間今度は唇を塞がれる。絡めとられた舌から甘い疼きが沸き起こったが、酔いの回った身体では反応は鈍く今一だった。
それでもかまわないのか、ヒル魔の長い指が不埒な動きで自身の下半身に触れてきた。器用にベルトとジッパーを片手で外され、項垂れた分身を強く握られる。
ヒル魔も酒を大量に接種しているはずなのにその手は以外と冷たかった。火照った身体は瀬名だけのようで、冷たい手が心地良い。そのまま上下に分身をしごかれたが、酔いのせいで感覚が鈍い。普段ならあられもない声をあげるところだが、口からこぼれた声は言葉になってはいなかった。

「ふぅ…ふっ…」
「一回イッとけ、楽になんぞ」

掠れた喘ぎ声をあげていると、余計に強く握られた。酒のせいで感覚が鈍い為だろう。それぐらい強くされないとしごかれている感覚すら曖昧だった。
そうしてようやく頭をもたげ始めた瀬名自身に、ヒル魔は唇をつり上げる。追い上げるよう、血が滲むほど強くカリ部分を引っ掻いてやれば、くぐもった声と共に白濁としたものが下半身に飛び散った。
アルコールの力が余程強いせいなのか、何時もの勢いは感じられない。再び頭(こうべ)を垂らした瀬名自身は、びゅくびゅくと数分かけてようやく達したようだった。

「あ…手が」
「ん?あぁ、べとべとだな」

別になんてことはないと、白濁の付着した指を口に含む。一回イッてアルコールが抜けたのか、さっきよりも顔色の良い瀬名の顔が驚きに見開かれた。
どうやら判断力も戻ってきたらしい。しかし疲れているのか、驚きもどこえやら、しばらく言葉を探していたようだか結局は一言もはっさずに布団に顔を埋めてしまう。

「ケケ…疲れてんな」
「…そりゃ」

酔いの回った状態での行為である。無茶なマネは毎度の事だが、せめて無茶なのはフィールド上でのみ発揮してほしかった。
もう一回。なんて言わないで下さいよね。と言う意味を込めてヒル魔を見やる。ヒル魔はとぼけたように笑うばかりで、真相は見えなかった。まぁ見えた試しなどないのだろうけど。

ふと遅い来る睡魔はヒル魔の読み通りなのか。熱に浮かされたような思考の中で、寝ちまえよ、とヒル魔の優しい声がした。

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