事件現場に向かうと、既に小さな名探偵がせっせと情報を集めている最中だった。
倒れ付しているのは女性らしく、人混みがあるので容姿や年齢までは解らなかった。ただ体系的には細身に近い。連れがいたのか知り合いなのか、女性の身辺でしきりに泣いている男性は「ようこ、ようこ」と被害者女性のものとおもしき名前を連呼していた。
身近な人物が急死したのだ。悲しくないわけがない。ただ、野次馬として端から見ていると、成る程、お気の毒、可愛そうに、まだ若かったのに… 等と言った感情や感想しか湧かないのもまた事実だった。
しかし春の場合は少し異なった。言うなれば画面越しのニュースやドラマを見ているかのような、それに近い感覚だ。次の展開はどうなるのだろうか、と訳もなく高揚するのは目の前で世話しなく動く少年が居るからに他ならない。
彼を象徴するトレードマークの蝶ネクタイは見られずに、少年は白のTシャツに黒のジャケット、薄青いジーンズにシューズはかの脚力増強シューズ。もちろんサッカーボールが瞬時に飛び出すお馴染みのベルトもつけていた。
サスペンダーはシャツの中だろうか。探偵七つ道具ばりに役立つ彼の持つ超画期的アイテムの数々は、ファッション小物の様に見えて、すこぶる使い勝手のよい人命救助もこなすNASA顔負けの必須ウェポン達だ。例え身に付けていなくとも持ち歩いているケースは高い。見た目は子供、頭脳は大人、その名は

「名探偵…コナン」

そう、よりにもよって名探偵。名探偵、だ。
春は隣立つ長身の男に目をやった。
今はやり手のイケメン若社長風な格好だが、普段着がピエロのようなファッションのこの男は、言わば血と戦いに飢えた猟奇殺人者。 自身を奇術師と唄う戦闘スタイルは常に強き力を持つものに魅力を感じるのか、強くなる可能性が秀でている者を“青い果実”と呼び(気色悪い)強く育つのならばと協力も惜しまない変態ぶり。欲望のためならその手間も調味料(スパイス)だとか思っていそうでいっそキモい。さりとて強く逞しく(食べ頃とも言う)に育つと美味しくイタダキマスとばりに殺しにかかる狂気の沙汰(クレイジー)っぷりは末期もいいとこである。
そんな、男が、かの名探偵の領域にいる。
その推理力と来たら、例え不信な死を遂げた人がいても、ひとつの真実を追い求め、けして諦めずに謎を解明し、犯人と反抗トリックを暴いて行く。その様はさながらミステリー小説の一説に等しく、彼の推察眼は神に匹敵するとまで言われている。
だがそれは、一般常識に当てはめた上での推理力でしかなく、もし仮にヒソカが少年のテリトリー内で殺人を犯したとしても、念能力なんて反則技がこの世界に存在していない時点で立証は難しい。ヒソカの犯行に行動原理なんてものは存在しない上に、もし彼の犯行を立証できたとしても、ハンター協会が束になっても捕縛が厳しいのに、一般人で一般の警察であるこの世界の住人において、この男を捕らえるのは至難の技だろう。
念能力は発現していない人間には見えないものだ。となるとヒソカは所謂、完全犯罪をなし得る存在なのである。
…最早並みの異常さではなかった。
何故だ、何故。一体どこをどうしてこうなった。
ホテルを出て、話し合う手前お腹が空いたからと手近にあった カフェテリアに入った時までは、確かにハンター世界にいたはずなのだ。…多分。
確定に至るには記憶が若干曖昧だが、春がカフェテリアに入る際に扉を開けた記憶はない。

「扉…」

そう、扉だ。最初にジャンプした海賊時代も狩人世界も、ドアノブを回して世界を渡っている。では、では?ペルソナ世界はどうだっただろうか。
海賊からペルソナへと渡った際、記憶は定かではないが 最後に見たのはブラウン管テレビだった。テレビを媒体にして世界を渡ったと言う自覚がなかった為、当初は元の世界に戻る為に幾度とペルソナ世界でもドアノブを回したり襖(ふすま)を引いたりと繰り返したものだが、当然ながら戻れる気配は一向になかった。
ところが、どういう原理か春が触った時には何も起こらなかったはずのテレビを媒体にして、春は現実世界に戻ったと思われている。思われている、と表現したのは確証が得られていないからだ。
あの時春はペルソナ世界なら自身もテレビの中に入る能力を持ち得ているのではないか?と思い特捜隊のメンバーが出入りに使用しているテレビ画面に一人で触れるに至ったが、現実的に手は画面をすり抜けることなく画面表面を撫でるだけで終わった。だが、振り向き様ぶつかってきた子供達に体勢を崩され、後方にあったテレビにぶつかると思った瞬間、意識が闇に沈み込み、気がつけば春の住む現実世界に戻っていたとなれば、戻る切っ掛けとなったのがテレビにあるのではと嫌でも気が付くものである。詰まるところ、扉だと認識するものが世界ごとに違った場合、ドアノブである必要はないのでは?と言いたいのである。
では。…では。では?
課程を踏まえた上で考えよう。カフェテリアの出入口は自動扉である。自動ではあるが、字的には“扉”とついている。店に入るまではハンター世界だったとするならば。

「………」

自動であろうと扉は扉。春が触った扉はもれなく世界を渡ってくれる。つまり。いやいや。そんなまさか。まさかまさかの、自動扉も判定入りとは畏れ入る。
ここが別世界であると、席についてメニュー表を手にした時点で気がつくべきだった。
そもそもハンター語なんて読めるはずがないのだから、メニュー表を見るだけ無意味にも関わらず、春はメニュー表を開き、且つ注文までナチュラルにこなしている。
その理由は?何故メニュー表を開くに至ったか?
世界共通で商品の写真が乗っていれば、字が読めなくても手に取るかもしれない。だがそうじゃない。春の知る、春の世界の言葉でMenu〜と英語表記がされていたから手に取ったのだ。
ヒソカは何も見ずにコーヒーを注文していたが、カフェテリアならそれぐらいあると思うのが普通だ。
世界を渡る…渡航能力とでも言えば良いのか。発動条件があやふやのまま、とんでもない事態に発展しているとか、寒気が走る。自身ですらコントロールの利かない能力に、よりにもよって元の世界に戻さなくてはならない人物が増えてしまったなんて。とんでもない誤算である。

「ねぇ、彼、何してるの?」

うがーと思わず頭を抱えていると、幾分可愛らしい質問が投げ掛けられた。へ?と頭を抱えたまま疑問符片手に質問してきたヒソカを仰ぐ。ヒソカはあれ、と事件現場で世話しなく動く少年を指差した。

「あ、あぁ。あれは多分犯人を探すための証拠集めをしてるんだと…」
「犯人?何で?」

何でそんなの探すのさ
心底わかりませんって顔して問う彼は、本気の本当に意味が解らないと顔に書いていた。

「え、えぇと」

どう言ったものかと言葉を探すが、猟奇殺人者であるヒソカは被疑者にはなっても被害者には到底ならないだろう。そんな人物になんて説明したらよいのか、語録力のない春には答えようもない。
春が言葉を探している最中、ついっとヒソカの人差し指が宙に伸びる。釣られるように春の目線が指を追う。

「だって、犯人あの男性でしょ」

目の前にいるのに探す意味が解らない、なんて宣(のたま)われて、春は盛大に噴出した。









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