人が冷静さをかく瞬間。焦り、苛立ち、怒気、恐怖。平静とはかけ離れた感情は、時には肝を冷やしさえもする。そう言う時、冷静さを取り戻す為に“落ち着け自分”と心の中で唱える者も少なくはないだろう。かく言う私も同じような技法で大分まともな思考を取り戻してきていたからだ。
いや、もしかしたら夢落ちかもしれない。思い立ち、試しに自分の頬をつねったが、どうやら現実の線が強く頬は痛い。がそうだ、落ち着け。そして思い直せ。
…寒空の下。左手にぶら下げたコンビニ袋を振り回していた以外は、ごく普通に近所の曲がり角を曲がっただけで、奇妙な行為を働いた訳でも、おかしな場所に足を踏み入れた訳でもない。
試しに車道側を覗いてみるも、時間が深夜に差し掛かる頃合いだからだろう。人っ子一人いなければ、車も通ってはいなかった。
あまつさえ一般住宅街においては、工事中の建設場所だとか、踏み切り、高台、橋、流れの早い川もなければ、見たこともないお店がいきなり出現していたりと…プチハプニングすらも起こり得ないはずなのに。はずなんだが。これは一体どういう状況だと頭を抱えたくなった。
別段、車に引かれたり(そもそも車が走ってない)、高いところから落ちたり(近所は全て平坦な道だ)、足を滑らせて川からどぼんしたり(というか川事態が無い)、奇妙な店を見つけて近づいたらうっかりドアノブがあいちゃったりだとか、そういうこういった状況にはありがちなお決まりルートなんぞ断じて踏んだ覚えはない。マジで。

なのに、なんだ。あれ。

視界の先。路地を曲がった瞬間咄嗟に近場の電柱に隠れはしたものの、伺い見た先に見えたものは、どう転んだって珍獣だった。いや、それはないだろ。と思い再度見やるもやはり珍獣。珍獣以外に、あれをどう表現すればいいというのだろうか。
そしてこの状況に至る。
珍獣なんか見つけたら、誰だって咄嗟に隠れるものだ。
幸いなことに珍獣はこちらに背を向けていた。故にじっくりと姿を視認できたが、この文明科学日本において、背丈、髪型、なにより服装を見るからに、ピンポイントで思い浮かぶ人物がいたりする時点でもはやアウトに近い。
いやいやでもでも。
ここはオタク国家日本だ。ひょっとしたらマニアックな外人が、深夜だし人が少ないから良いんじゃね?とか言い訳かましてコスプレしてるって線もなくはないんじゃないかと言い聞かせる。うん、なくはない設定だ。少なからず、可能性的にはゼロじゃない。
だからといって、深夜、一人で住宅街を徘徊しているコスプレした外人になんて誰が遭遇したいと思うだろうか。否、居るわけがない。
この際大人しく迂回するべきだろうか。うんそうしよう。
誰がどう見たってハンター×ハンターの奇術師にしか見えない外人だろうと、一般家庭で育つ私には知らず存ぜずだと言い聞かせ、見なかったことに努めて背を向けた。

大丈夫大丈夫。他人の空似、ただのコスプレ。コスプレした外人。

だが、そんな思いは早々に崩れ去るはめとなった。







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