「で?どうやって入ったの?」
「…その前に、私が先にいたっていう状況をお聞かせ願えないでしょうか」

ヒソカの支度が終わり、部屋を後にした二人が向かった先は喫茶店だった。
ヒソカの現在の格好は黒字にトランプ柄のワイシャツ、白のスウェットスーツの上下にノーネクタイ、艶のない黒の革靴と、春の知る奇術師然とした格好ではなかった。
注文したコーヒーを足を組ながら煽る様は実にさまになっている。ちなみに春はサンドイッチを頬張っている。勿論奢りだ。あのヒソカが正直何の見返りもなく奢るだなんて甚(はなは)だ疑問だが、空腹には何時の時代も抗えないというもの。この際背に腹は変えられない。
なんにせよヒソカの身形がまともなのがせめてもの救いだった。何時ものあのスタイルを貫かれていたら隣立って歩くのはごめん被っていただろう。ヒソカが泊まっていた宿が一流ホテルだったのも今の格好と関係があるのかもしれず、サンドイッチを頬張る傍らヒソカをちらりと盗み見る。
…ホテルの一室から廊下に出てすぐ目に入ったのは、天井から吊るされた古めかしく上品なアンティークランプ。下は柔らかそうなワインレッドの絨毯が引かれ、両端から流れるベージュのラインが高級さを漂わせる。セキリティの高そうなエレベーターからホールのある一階まで辿り着くと、大きなシャンデリアに出迎えられた。
ヒソカの格好はまさしく高級ホテルに相応しいセレブリィなものなのに対して、春の洋服は昨日寝巻きとして着ていた黒のノースリーブ型ワンピースが一枚のみ。長さは膝竹よりやや上で裾はヒラヒラ、靴はヒソカが電話で取り寄せてくれた黒のパンプスを履いている。
どうにも庶民服過ぎて今のヒソカとは釣り合わなさすぎる組合せなせいか、ホテルから今の所に席を落ち着かせてからも、ちらほらと人目を引いていた。ヒソカは気にした風でもないが、集まる視線に居心地の悪さを感じてしまう。

うぅ…

これなら奇術師服の方がましだったかもしれい。つい先程ごめん被りたいと思ったばかりだと云うのに、我ながら都合の良い考え方をしていると思う。
春の問いに、ヒソカはにっこりと人の良さそうな笑みを浮かべた。中身を知っているだけに非常に嘘臭く感じてしまうのが悲しいかな。ヒソカが言うには、帰ってきたら私が既に布団の上で爆睡している最中だったのだと言う。

「仮にもセキュリティは一流のホテルだし、侵入した形跡も痕跡もなかったから…余程腕が立つのかとも思ってちょっとばかり興奮したりしたんだけどね」

殺気を向けても首を切り落とそうとしても起きないから困惑したよ
とまたさらりと問題発言をかましてくれたものだから気が気でなかった。
確かにセキュリティで言えば一流ホテルともなれば宿泊客でもない人物がロビーから直接客室に向かおうとしていたら不審がられるだろうし、宿泊客と予定があれば受付でアポイント確認を取る必要もあるのかもしれない。
外出中に誰かが訪ねればヒソカクラスの人物なら解りそうなものだし、となれば不法侵入扱い以外思い付かないのも当然か。
とは言え首を切り落とそうとしてたのか…
ひたりと自分の喉元に手を宛がう。大丈夫。うん。ちゃんと首は胴体と繋がっている。
考えだすとあまりにもゾッとする内容だったのでそれ以上深く考えないことにする。
はて、しかし、だとすると本当に私はいつの間にあの部屋に入ったのだろうか。
寝付いてしばらくトイレに行くため起き上がりはしたが、扉を開けた覚えは幾度ない。
他の誰かが私を運んだとか?いいやそれこそありえない。私は認めたくはないが、確かに二次元…現実世界では漫画やアニメ等の創作でしかない世界にどういった経緯か移動するすべをもっている。だが同じ能力を持つ者がいたとしても、私をヒソカ宅まで連れていき、且つ寝かせておくなんて何のメリットもありはしない。ならばやはり春の意思で春の足でヒソカ宅に侵入したのが尤も有力なケースだろう。
だがどういった経緯でどのような方法で来たのか、堂々巡りする答えに謎ばかりが浮上する。
そもそもそれを答えた所で今の状況が好転するだろうか。答えようが答えまいがヒソカと一緒の事実は覆しようがない。
こんな物騒な案件と共にいたのではついぞまたいつ何時(なんどき)巻き込まれるかわかったものか。とは言え現状を打破出来る要素の方が思い付かず、最終的な答えとしては「解りません」以外に選びようがなかった。それは怒られたり呆れられたり最悪殺される可能性とてあった、何の答えも導き出せない酷い解答であった。ところが間を置かずにヒソカから返ってきた返答は「へぇ」とただ一言のみ。へぇ…とは、どのような思惑の末に出た返事なのだろうと思いこそすれ聞けはしない。

「あ、あの…」
「キャアァァァァーーー!!」

ヒソカに真意を聞くべきか迷い、結局我慢ができずに口を開きかけた時、その声は響いた。
絶叫だった。それも、女性。明るい日差しの中には似つかわしくない類いのそれに、店奥がざわざわと騒がしくなる。なんだろう、と周囲の人間が音源を辿って立ち上がってゆくのに、春は言い知れぬ不安を感じた。
声が聞こえた直後、思わず中腰になった姿勢のままにヒソカを一瞥したが、変わらずコーヒーを啜っているだけで眉ひとつ動いてはないない。女の悲鳴など聞こえていないかの様にカップを傾ける仕草は実に優美だ。
騒がしくなる店内に、それでもこちらまで危害が加わる内容ではなさそうだと、浮かせていた腰を落ち着かせる。

「下がって!近づいちゃダメだ!」

喧騒の合間から聞こえてくる声に妙に聞き覚えがあったが、知らぬ存ぜぬだ。出来れば関わりたくはない。
だと言うのにコーヒーカップをソーサーに戻したヒソカと視線が被り、にたりとした気味の悪い笑みに鳥肌が止まらない。

「誰かが死んだみたいだよ」
「へ!?」
「奥」

ついっと細長い指が人だかりを生む店奥を指差した。
つられて見た先は悲鳴が聞こえたであろう方向だった。
死んだ。誰が。てゆーかさらりと何言って。

「行ってみようか☆」
「誰も店から出しちゃダメだ!」

唖然とする春に向かいとても良い笑顔で答えたヒソカの言葉尻に、はっきりと明確なハートマークがこびりついていた。ヒソカの台詞と同時に聞こえた声は幼く、高い。ハスキー系のボイスに、嫌な予感にかられながら再び店奥を覗いたら、蝶ネクタイがトレードマークの某見た目は子供、頭脳は大人な少年にこれでもかと似た風貌の子供が一瞬見えた気がして、春は意識を手放したい衝動に刈られた。通算何度めになるかも解らないが、やはり今回も意識ははっきりと起きている。

勘弁してくれ

悲しいかな、切に願う春の思いは度々空しく終わるのが関の山だった。








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