「な、な、なんでっ…!」

何でこの男がここに!

ドンッと背中に衝撃が走る。寄り添う姿から一転、ベッドから飛び起きた春はヒソカから視線を離すことなく部屋端の壁まで後ずさった。
ぶつかった衝撃に背中が軋んだが構ってはいられない。というかそんな場合ではない。寝起きの頭にかつてないダメージを与えてくれた人物はと言えば、春の行動に眼をぱちくりさせている。

「…何?恥ずかしかったの?」

違わい!

心臓が爆竹祭り中の春に比べて、余裕たっぷりな所作でヒソカもベッドから起き上がる。
そもそも紺色のケープなんかを、弟が持っているはずがなかったのだ。起きた瞬間に気がつかなくてはならなかった間違いも、今や後の祭りである。

「〜〜〜〜っ!」

ばさりと、掛け布団を追いやり立ち上がったヒソカに対し、またも春は絶叫をあげた。
鍛えられた筋肉。程よい張り感のある流れるような曲線美を描く肢体は、あろうことか服を纏っていなかったのだ。さらされた、男の男足る全てが目の前にはあった。絶叫しない方がおかしい。
大体よく知りもしない男がいつの間にか一緒の布団で寝ていたと言うあまりにもな事実に、全裸と言うオプション付きだなんて悪夢もいいところである。
男性の肢体を観る機会など、体育の授業の着替え(上半身くらい)以外にない春にとって、それは衝撃的瞬間だった。急激に顔が熱を帯び始める。見てはならないものを視てしまった両目を両手で多い、恥ずかしさのあまり悶絶する。

「?、ああ、そう言うことか…」

絶叫をあげる春を前にヒソカは顔を捻ると、自身の姿格好にようやっと気付いたらしかった。何処からか服を取り出し着用する音とベルトらしきものを閉める音が鳴り、ようやく春は絶叫以外の言葉を絞り出した。

「な、っあ、なん、な!!」
「ああ、僕寝るときは服を着ない主義なんだよね」

テヘペロ
なんて言葉が聴こえてきそうな程に軽い物言いに眩暈を覚える。そうじゃない、それもあるがそうじゃない

「なん、何で!何であ、貴方たがここにっ…」
「何でって云われてもねぇ…ここ僕の部屋だし。帰ったら先に居たのは君だったしねぇ…」
「ホワッツ!?」

嘘でしょ!と嘆く春を見て、
ホワッツの意味が解らなかったのだろう。首をかしげるヒソカを前に、春はようやく今居る場所の可笑しさに気がついた。
春の私室でもある六畳一間の洋室に比べて、今居る場所は軽く十畳はありそうなゆとりのある空間が広がっていた。広々とした室内には、先程まで横たわっていたキングサイズ(見たこともない大きさなので多分キングサイズだろう)のベッド以外には、白を基調としたアジアンテイストな絨毯と、きらびやかな装飾を施された壁紙。陽の光のせいかあまり目立たない光を放つランプぐらいで、庶民出である春にも一目で高級だと解る作りをしていた。
一見豪奢な作りだが、シンプルに見えて、極端に調度品の数が少ないように思う。ホテルか何かの一室だろう。品のよさげな作り方からして、まずヒソカの自宅とは考えにくい。

「あ、今失礼なこと考えたでしょ」

変態で珍獣でへんたいなヒソカだからして、趣味もあまり言いとは思えなかった。
何時ものオールバックの髪は寝起きだからか下へと垂れており、星と涙形の化粧も施されていない顔は、正直いってヒソカ本人だと言われても直ぐには解らないほど理知的で、つい先日遭遇し声を聞いていなけれ春とて誰だか瞬時に判断は出来なかった。

「て言うか上も着てください!!」

白いスウェットスーツのズボンのみを着用した状態で、どこから取り出したのかペットボトルの水を煽るヒソカは春の事など気にした風もなく動き回っている。
部屋の状態と状況を見るに、ヒソカの言葉通り春の方が侵入した形なのだろう。ならば、何時。どうやってこの場所に辿り着いたのか。
昨日の夜は疲れきってはいたものの、不安で直ぐには寝付けなかった。弟と会話を交わしていたのは覚えているが、弟が出ていった瞬間は記憶にない。お願いしたとおり春が寝付くまで一緒にいてくれた為だろう。中学にも上がり、若干生意気加減があがってきたところはあるが、事件日から昨夜までの間、随分と気遣わしげに世話を焼いてくれるあたりに弟の優しさを実感する。
異世界に飛ぶには何処かしらの扉を開けるのが絶対条件で、開いている扉は無効となり、また、開けてもらう分には発動しない。多分春が開ける事に意味があるのだ。
とは言え扉を開けた記憶はついぞない。トイレに行きたくて一度起き上がったぐらいだが、部屋の扉は開け放たれたままだった。眠い眼を擦りトイレまで辿り着いたのは覚えているが…以外となるととにかく思い当たる節がなかった。

「ねぇ」
「ひ!」

ぎょっとしたのも束の間、何時の間にいたのやら黒地にトランプ柄のワイシャツを羽織るだけで、前ははだけた状態のヒソカが間近に立っていた。50?とない距離に立たれたものだから、身長差がある分春はヒソカを仰ぐ羽目となった。逆にヒソカからしたら覗き見なくてはならないぐらいに春の背は低い。

「君、どうやってここに入ったの?」
「ど…どうやってって言われましても」

ひえぇ!声が震える!!

相手はなんと言ってもヒソカである。自分の欲求の為ならば平気で一(人)狩り行こうぜ!ぐらいの軽いノリで殺人を犯すクレイジーな脳ミソを所有する。間違えてもお近づきになりたくない部類の人種にも関わらず、目の前に居たりする現実に頭も痛み通しだ。

「と、と言うか、普通は、知らない人間が、自分の布団で寝てたりしたら起こすなり放り出すなりしませんか!」
「何だ、放り出してほしかったの?」
「そうじゃなく!」

噛みそうになる言葉の羅列。どうにか捻り出した声は激しい胸の鼓動によりやはり震え気味だった。

「まぁ知らない訳じゃなかったし、君、見るからに無害そうだし」
「…人は見かけで判断しちゃいけないのではないでしょうか」

そう?と笑うヒソカの顔は驚くほどに色香に溢れていた。これが大人の色気ってヤツか。あれだ。ヒソカは変態で珍獣な奇術師であるべきなのだとよく理解した。これは中々に心臓が持たない。

「もし危険だったとしても、その時は殺しちゃえばいいだけだし」

ね☆
とさらりと告げられた反抗予告。途端に別の意味で心臓が飛躍する。路地裏での凄惨な場景が一瞬で頭を埋め尽くした。
春の青醒めた顔に気をよくしたのか、くつりと笑い声。ヒソカの右腕が春の後ろの壁に手を付いた。
所謂壁どん体勢だったが、まったくもってときめいている場合ではなかった。ヒソカの顔がゆっくりと近付いてくる。

「あんまり脅えないでよ、興奮しちゃうじゃないか…」

ねっとりとした発音と共に耳打ちされた言葉。ぞくりと総毛立つ体に、身を捻ってヒソカから距離を保った。

「ふふっ、良い顔」

ちょっと待ってなよ、支度するからさ
言って、ヒソカは春の前から退いていった。












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