色彩を無くしていた視界に色艶やかな情景が映り込む。繊細な曲調のBGMが、目の前で抱き合う男女の間で軽やかに流れていた。
題名はなんだっただろうか。母が取り溜めしていたドラマの終盤のワンシーンで、事故で彼視覚障害を起こした男性を、彼女が必死に介抱した後快復するという…韓国物にはありがちな内容だったはずだ。
やることがなくて見ていたが、あまり興味を引かれる内容ではなかった。場所はリビング。ため息の後、春はテレビと向かい合うように座っていたソファに身体を倒した。
目を閉じれば、夢だと思い込もうとしているあの時の情景が嫌にリアルに思い起こせた。
…ヒソカとの遭遇。血生臭い狂気としか言い様のない事件に見回れたあの日、あれから間も無く五日を迎えようとしている。
今思い返しても、目の前で繰り広げられた非現実的な光景は現実味がない。夢だと思えればどれだけ楽だったかもしれず…とは言え、逃れたい一心でがむしゃらに駆け回って見つけた扉の先が、まさかの実家の玄関だったのには奇跡としか言い様がなかった。

あれから、何が、あったっけ

ぼんやりとした視界に自身の手をかざす。弟から聞いた内容によると、授業中姿を消した私に学校はパニックに陥ったらしい。最後に私に声をかけてきた友人と、私が理科室まで走っていた最中にぶつかりかけた後輩の目撃談から、ものの数分で姿をくらました結果となったようである。
おまけが、なんと、理科室前の扉に落ちていた私の教科書とノートのせいで、日中に起こった誘拐事件として警察沙汰にまで発展していたのには、なんと言うか謝るしかない。
警察に至急連絡が行き、翌日事情徴収を受ける運びとなったが、何を言われ何を話したかはあまり覚えてはいない。被害者と言う立場での徴収だった為、時間的には長くはなかった。
正直、あれを現実に当てはめて話をするわけにもいかず、しらを切り通すのは実に心苦しかったが…
なんにせよ、帰ってきた私の身形は、どう見ても何らかの事件に巻き込まれたとしか言いようがなく、そこから先がまた面倒だった。
春はリビングの窓辺にかけられている遮光カーテンを見つめた。のそりと、ソファから身体を上体だけ起こす。
警察と学校と両親の話し合いの結果、春は自宅謹慎を余儀なくされたのだ。謹慎、と言われれば悪いことをした様に思われるかもしれないが、犯人が特定できるまで狙われる可能性があるからと、家に軟禁されているに過ぎない。
両親は共働きで弟は学校。流石に仕事を連日休む訳にはいかず、窓の向こうでは警察が交代制で護衛と称して家を見張っている。
別に警護が必要なのは外ではなく内なのだが……私の頬やら肩やらに付着していた血痕から、殺傷事件の疑いが濃いからと家族からも警察からも言われてしまえば、未成年の私に出来る事等、大人の言葉に従う他無かった。
付着した血痕から人物を特定するDNA鑑定も行われた。結果は言わずもがな。この世界の住人ではない彼等のDNA等調べたって、結果が出ないのは解りきっていた。故に落胆も大きい。
やはりあれは異世界での出来事だったのではと、そんな考え。言葉にしてみると、実に馬鹿馬鹿しい戯れ言である。あれが現実だったにせよ言った所で信じて貰える訳もなく、後は周りのやりたいようにさせていた。
内なる敵―――。春は意識的にリビングと玄関を繋ぐ扉を睨んでいた。扉は閉まる事無く大きく開いている。
風等の影響により無断で開閉しない様にご丁寧にストッパーまでしてあった。玄関と裏手扉以外の家中の扉が開け放たれている。もちろんトイレもだ。
指示を出したのは春だ。両親は私が監禁されていた影響により、密閉空間に恐怖を感じているのではないかと思っているらしく、開け放しの扉に文句も言わずに私の好きな様にさせている。
軟禁生活から二日経ったある日、扉を介して繋がる“異世界?”との接点を探るべく、あれから幾度となく扉と対峙し続けてきたが、結果は無惨なものだった。五日経った本日も原因は解明できずに収穫はゼロのまま―――。理由はあれから“繋がらない”事にある。
ストッパーを外し、リビングの扉に向かい合う。閉め切られた扉は、別段特別な要素は見られなかった。
最初は弟の部屋だった。次いで学校の理科室に、アパートの裏手扉。どれも共通点らしき物は思い浮かばない。
唯一ある共通点と言えば、春が触れた、それのみで。だからと言って、自身の手にも同じく何らおかしな点は見られない。不明瞭なコネクションの是非が解らない。故に扉に対して些かの恐怖を覚えている。それこそ、馬鹿らしいと思える程に。
ドアノブに触れる度、躊躇(ためらい)いが生じる。そこへ、インターホンが緊張した面持ちの春の耳へ訪問者が来たことを告げた。

ピンポーン

間の抜けた、機械特有の響きを持つ音が繰り返し鳴るのに返事をしつつ、扉を開けるべきか否かで悩むはめになり、唸り声をあげる。先程ストッパーを外してしまったことを後悔した。
何て間の悪い。宅急便でーすと男性の声が玄関先から聞こえてくる。時間稼ぎだと、判子を持ってくるんで待ってて下さいと告げながら、実際にはリビングのドアノブに手をかけたばかりである。
タイミング最悪だなあの業者。くしゃりと、顔が歪んだ。
ゆっくりとドアノブを左へと回し、少し空いた扉の隙間を伺い見る。用心深く、それこそ慎重に。
だがその先に広がる光景を目の当たりに、ほっと一息付いたのも無理はない。代わり映えのない玄関へと繋がる渡り廊下。紛れもなく、自身の知る我が家だった。
玄関のロックを解除して、扉は業者の人に開けてもらう。両手にあまり力が入らないのでとでも言えば、いぶかしまれる事もない。
受け取った小さな段ボールにはゴルフボールと記載されていた。
父がまたゴルフ用品を買った事については今更思う事もないのだが、受けとるまでに費やした精神的労力を考えるに、母にチクってやろうと心に決めた。
置く場所がないからと階段下に放置されたゴルフバックの入った段ボールに、母はいい加減苛ついてきているのだ。にも関わらず幅を取る荷物を増やす父は、ともすれマゾなんじゃないか?と思わなくもない。
母に見える位置に置いてやろう。思いながら、リビングの扉を奥側に開けた。瞬間。

「へ…?」

目の前に、男が立っていた。黒のスーツに髪の毛は金髪。つい最近見た事のある容姿をした男の特徴はと言えば。

ぐるぐ、る、眉毛

春は目の前で起きている事態に頭が付いていかなかった。
沈黙していると、男の手が延びてきて腕を捕まれる。そのまま春は中へと引き摺りこまれた。現実から非現実な世界へと。
後ろで扉が閉まる音を聞きながら、漠然と思った。

あれ、ここからコンテニュー?








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