カン、カン、カン、カン

近くに踏み切りでもあるのか、やたらと響く機械音に、言い知れぬ不安感が煽られた。平常心でさえあれば、自身が知る公園の付近に踏み切り等存在していない事実に思い当たっただろう。けれど今は非常に不味い状況が目前に居座っていた為、不可解な現象にも気がつかなかった。
夕刻の明かりを背に目前に立つ男は、コスプレだと定義付けるにはあまりにも難しい出で立ちをしている。
ピンク色の髪の生え際や項(うなじ)、ボリュームを見るからにウィッグではない。地毛、を染めている可能性も捨てきれなかったが、遺伝的な問題で地毛がピンクなのかもしれないと思い当たる。
だが冷静に考えてみても、ピンクの髪を地毛に持つ人間など外国人だとしても見たことも聞いたこともなかった。
金や銀に茶髪に黒髪。まれに赤。せいぜいの色合いはこれらに絞られ、世の中緑や水色、紫を基調とした色合いの地毛を持つ者は一人として存在しない。故にピンクも同等の理由が述べられる。
これ以上ごたくを並べても、色素は遺伝子配列がどーのこーのと言った専門的な知識を用(もち)いる必要があるので髪色の問題は捨て置こう。科学者でもないので細かい点までは解らない。
身長や体格は等身大を知る訳もないので当人との違いは区別できない。出来たとしても基準にはならないだろう。仮にも相手はフィクションの世界の住人だ。
問題は顔と声。外人がコスプレしたらこんな顔つきだろうか?なんてものではない。似過ぎも似過ぎ。まさしくジャンプ誌上の顔とアニメ版の声に瓜二つだった。
切れ長の瞳に、怪しげな笑みを形作る口許。ねっとりとした響きがなんとも言えないその声に、背中に嫌な汗が伝う。

「ねぇ、キミ。どこかで会った事あったっけ?」
「へ!いえいえ、滅相もない!」

問われて我に帰ったものの、慌てて両手を振るった自身に対し、ヒソカ(仮)は妙な笑みを称えている。不味い。固まったりしたら、肯定しているようなものである。

「あの、ぶつかってしまって大変申し訳ありません。帰路を急いでいた為とは言え、前方不注意でした。以後は気を付けますので、何分急ぎ用事が控えている為謝罪のみで申し訳ないのですがこれにて失礼致します!」

頭を下げて務(つと)めて自然な笑みを作った。が、果たしてどこまで通用する…。
特に引き留められもしなかったので、早々に立ち去ろうと男の横を通りすぎる。途端、唐突に腕を後ろに引かれて動きが止まる。
大きな手が自身の腕に触れている。それは解る。だが、どうしよう。

後ろを振り返れない

喋ったら終わりだと思った。気まずい沈黙が降りるかと思いきや、そんなものは長くは続かなかった。

「待ちなよ。そんなに急ぐことないだろ?」
「ひ!」

語尾にあらんばかりのハートマークが付いている。背中を撫でる様に低く這う声に、たまらず全身の毛が総毛立つ。男は気付いているだろうに素知らぬ顔だ。

「今ちょぉっと取り込み中だから、歩きながら話そうか」
「いやあの取り込み中でしたら早々に立ち去りたいのですが!」

結構ですから!お気になさらずに!

力一杯否定していると言うのに、男は私の意見なんか総無視なのか、握った腕を路地裏目掛けて引っ張って行く。この際本人だろうがコスプレした外人だろうが、不審者に連れていかれる点においては些細な問題である。

誰か、誰かに助けを求めなくては…!

人影を探して辺りを見回す。路地から出た先の公園前であれば、時刻的に見て、部活動を終えた学生が多く通る通学路である。ヤンキーに絡まれている訳でもないので、見て見ぬ振りをされるケースは少ない。
誰か。と声にはならない言葉を誰ともなしに投げ掛ける。男が誰であれ、声を出して助けを求める素振りを見せたなら、刺激してしまう可能性も否めない為だ。

「…え?」

だが、目の前の光景に驚愕の声が漏れた。人の居ない夕闇の明かりを照り返すアスファルト。赤と青の点滅を繰り返す信号下の交差点。電柱に貼り付けられたポスターや、看板に描かれている見たこともない形の文字の羅列。
全てが自身の知らない町並みで構成された景色の最中、交差点の先。視界の端でこちらを見つめる複数人の姿を捉えた。誰、だろう。思う前に、視界は暗闇が広がる路地裏へと浚(さら)われた。







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