「こちらへどうぞ、お嬢さん」
「はぁ」

お手洗いまで案内を頼んだだけなのに、扉を事前に開ける等のエスコートっぷりに、春は気の無い返事しか返せなかった。
名前は告げていないのでお嬢さん呼ばわりされるのも頷けるのだが、女扱いされる事に慣れていないせいか、違和感しか覚えずぞわぞわした。
本当にこの男は性別が女子なら年齢問わずに紳士なんだな、と思わせる見事な為りきりっぷりで(尚も言うか)こちらが困るのもお構いなしにエスコートをしてくるので堪らない。
つまり、むず痒いのである。

「はい、ここがお手洗いだよ」

かいかいと肌を掻いていると目的地に到着したらしく、ぐる眉男性が扉を指し示していた。流石にお手洗いの扉は開けないようで、男性がマナーと称し後ろを向いた事にほっとする。ドアノブに手をかけたが、開いて直ぐに扉を閉めた。

「あれ?どうかしたかい?」

開かれたはずの扉が直ぐに閉まった音に気がつき、男性が顔だけをこちらに向ける。何でもないと手を眼前でパタパタと動かしたが、内心とんでもなく動揺していた。
男性がお手洗いだと案内した扉の向こう側には、薄暗く続いた路地が広がっていたからだ。しかも見覚えのある、だ。
裏口に放置されたショーケース。上部のハッチには欠けが見られ、巷(ちまた)の悪ガキ共に落書きされた文字は見間違いではない。学校とは正反対の位置にある商店街の裏通りだった。
これは、帰・れ・る!

「あの…」
「ん?」
「案内、ありがとうございました」

お辞儀をして、扉の向こうの光景を見られまいと、自分がギリギリ通れるぐらいの隙間を開けて身体を中に滑り込ませた。男性が何か言おうとしていたような気がするが、構っちゃいられないので滑り込んだ勢いのまま、全速力で路地を走る。
ごちゃごちゃとした路地裏から見た空は茜色で、日の暮れ加減から学校が終了間際だと知る。鞄を取りに学校に戻らなければならないのに、足が辿る道は家路を急ぐばかりだった。
早く。帰りたい。早く。
汗で制服がベタついてくる。家までの最短距離はどの道だ。
時刻からして商店街は込み合う時間帯なので、ひたすら路地を突っ切った。そう言えば以前、路地の右側にある安アパートの裏口を通れば、距離を短縮できるんだ、と帰り道が同じ友達が言っていたのを思い出す。確か目印はピンクのネオン電光板。

「あった!」

左手にある下品な光を放つそれを目印に、二つ程先のアパートの裏手扉を内側に開いた。よし、これで近所近くの公園に出られるはず。
ボロめのアパート内部を一瞬で通り過ぎ、日のあたる道に出ようとした。その瞬間。人影が横切ったと思った時には、こちらに曲がろうとしたその人と勢いよく接触していた。

「ぶ!」

スピードを押さえられず、顔面をダイレクトに衝突させてしまう。挙がった声は色気も無い。
痛みはあまり無いが、相手は果たして大丈夫だろうか。

「す、すみませ…」

鼻を押さえつつ顔を上げた先、ぶつかった相手を認識して、春は今日何度目になるかも知れない絶叫を上げそうになった。

「ん〜…、あれ、キミは確か…」

口をぽっかりと開け、凝視する。ガン見されていると言うのに相手はさして気にもならないのか、興味深そうにこちらを見ている。
ピンク色のド派手な髪をオールバックでセットして、化粧のしてある顔には星と涙型の模様入り。ピエロの様な服装ときては、該当する人物は最早一人しか思い当たらなかった。
突如目の前に現れた奇術師ヒソカ、のコスプレをした男性(と思いたい)を前に、ここはコミケ会場への近道だっただろうかと遠い眼をした春だった。







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