瞼を開いて直ぐ。目に飛び込んで来た人物の姿に、生涯初の目が点になる体験を覚えた。

「あれ?おめぇ誰だ?」

聞き覚えのある声はテレビでよく耳にする声優と瓜二つで、まるきり寸分の狂いもない。
赤のタンクトップに半ズボンを着用した目の前の男。男と言える程の年齢には満たっていなさそうだが、兎に角その男は私の手から麦わら帽子を強奪した。語弊のある言い方かもしれないが大体あっている。
と言うか、私の方が聞きたい。

お前こそ誰だ!

いや、知ってはいる。知ってはいるが認めたくはなかった。
某少年週刊誌の看板を勤漫画の主人公。麦わらのルフィ。その人にクリソツなお前は一体誰なんだ!と心底声を大にして言いたかったのに、下から女性の声が響いて断念した。

ん?下?

いやいや待て待て。ここは理科室の筈だよな。何で下から声がする。ふいに見やった男の背後には、これまた盛大な青空が広がっていて、再び女子にはあるまじき絶叫をしたのは言うまでもない。





「ちょっと、ルフィ、誰よこの子」
「え〜知らねーよ〜。帽子が飛んじまって、取ろうとしたらこいつが付いて来たんだ」

んな訳ないでしょ!と降り下ろされた女性の拳が、タンクトップの男の顔面にクリーンヒットした。
うわ、痛そう。自分が食らったわけでもないのに、痛みを想像して顔が歪んだ。別にもう伏せ字を使わなくても女性が間違えようもない程に名前を連呼しちゃってくれたりするのだが、認めたくはないのでそこは未(いま)だに伏せ字である。
女性の方は肩口までのオレンジ色の髪とノースリーブのシャツにジーパンと言った格好で、剥き出しの左肩にはいつ頃入れたのか入れ墨が彫ってあった。いや待てひょっとしたらシールかもしれない。入れ墨シールと言うものが一時期流行っていたなと思い出し、本物と結論付けるにはまだ早いよなと自己完結させる。
どう見ても麦わら帽子がトレードマークの海賊船。そこの航海士にしか見えなくても、現実世界には“コスプレ”なる魔法のワードが存在する。だが、果たしてこれをコスプレだと言いきれる自信は春にはなかった。
現在私は開けた甲板の上で正座をさせられていた。動かず騒がずじっとしている。
やいのやいのと目前で繰り広げられている喧騒は目には入らず、見渡す限りの広い海原(うなばら)と頭上一面に広がる青い空に気が遠くなりかけていた。
理科室に入れば同じ制服を着込んだ男女が目に入るはずなのに、言い争う二人の他には甲板の端で眠りこける腹巻き姿の刀を三本帯刀(たいとう)した男と、にこやかな表情を浮かべつつ、くるくると私の周りを華麗なステップで廻り続けるグルグル眉毛の男性。柱の影からチラチラとこちらを伺い見てくる長っ鼻の男と帽子を被ったもふもふした生物以外見あたらなくて、溜め息も一潮(ひとしお)だ。
何より室内じゃない。というか海だし船上だし。
頭上でばたばと風に弄ばれている海賊旗に視線を移せば、先程までその下にある見張り台に、タンクトップの男(まだ言うか)と一緒に居たのだと思い返して、そう言えばどうやって登ったのだろうかと考える。







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -