白い清潔そうなワイシャツ。ノーネクタイの襟元はかっちりと閉じられ、胸ポケットには皺の無い黒のハンカチが覗いている。ネームプレートは新人なのか真新しく、腰からかけているエプロンは焦げ茶色。俗にいうギャルソンスタイルのその男性は、髪も黒く実に誠実そうな印象を受ける。
伸長はヒソカより低い程度だろう。丸形の配給トレーを胸元で抱え、目の前で起きたあまりにも急な人の死に、動揺してか目が泳いでいる。年齢からして二十才後半。カフェテリアの従業員。ヒソカはよりにもよって、そんな彼が犯人であると宣(のたま)い指を指したのだ。

「何を言って…」
「…ちょっと、それ本当?」

春がどういう事かを問いただす前に、横合いから表れた女性がヒソカに向かって声を荒げた。伸長は春より頭二つ分は高いだろうか。ベージュのパンツスーツにエナメルの効いたパンプス。目は吊 りがちで眉尻はきっちり揃っている。顔はシャープで、皺の無い服装は見るからにきつい印象を受けた。
彼女はずいっとヒソカの前に身体を寄せ、眉間の皺をさらに寄せた。

「私これから急ぎの会議があるの、こんな程度のことで時間を喰っている暇はないのよ。こんな大多数の人間がひしめき合った場所で殺人だなんて迷惑もいいとこ………犯人が見つかってるなら話は早いわ、さっさと茶番を終わらせて頂戴な」

言い切ると威張るように両腕を組んだ。ふんっと鼻息でも聞こえてきそうだ。
しかし、茶番とはなんたる言い種(いいぐさ)だろうか。仮にも人が死んでいるというのに、あまりにも不躾(ぶしつけ)な物言いである。名探偵が聞いたらあの綺麗な顔を歪めることだろう。

「ねぇ、証拠とかはあるの?彼がやったっていう証拠よ証拠」
「あるよ」
「ちょ!ちょっと待…!」

勢いよく続いていく会話を遮るために、二人の間に体を割り込ませる。このまま進ませたらとんでもない事に発展しそうだ。思っての行動だったが、一歩ばかり遅かった。女性は春の言葉をスルーして、大きく張りのある声で周囲に呼び掛けた。

「ちょっと!貴方!貴方よ貴方!!トレーを抱えてる従業員!」
「…え、あの、僕ですか?」

呼ばれて、対岸側で立ち尽くしていた男性が顔をあげた。周囲がなんだなんだと騒がしくなる。
声を上げた女性と、男性の間には倒れ付した女性がいる。避けるように円形状に人の波が割れたその中心地を、女性は構わず歩きだした。

「ちょっ!何してるんだ!入っちゃ駄目だってば!!」

慌てたのは名探偵だ。証拠や手がかりを素人に荒らされては犯人への糸口が減り兼ねない。警察関係者であればいいが、女性はどうみても一般人。
慌てた名探偵が女性の前に立ち進行方向を妨げた。

「ちょっと、邪魔しないで頂戴」
「いや邪魔してるのはあんただって!」
「…なんですって?」

ヒステリックな発言の女性に、思わず素が出たらしい。しまった、と口許を覆う名探偵は文句なしに可愛かった。うん、可愛い。
どうでもいい話、私は名探偵は小さい方が好きだ。大きい方は少し自信過剰すぎるせいか、なんとなく好きになれなくて、どうにも興味がもてないのだ。名探偵はちっちゃくないと萌えない!というかたぎらないというか…まぁ、つまり、名探偵に関して私はショタであると認めていたりする。本当にどうでもいい話だが………

「あそこの彼が、犯人はこの人だって言ってるのよ!」
「はぁ?なんだってそんな話!」

っと、論点がずれたが話は大分まずい所まで進んでいるようだった。ばっと名探偵が春とヒソカの方を振り向いた。周囲も続いて二人に注目する。
おいおいおい、悪目立ちし過ぎやしないかこの展開。
名探偵の顔が本当にそう言ったのかと訴えてくる。ヒソカは笑顔で肯定した。

「あん…お、にぃさん?なんだってこのお兄ちゃんが犯人だって思ったの?」

一件可愛い子ぶっての発言だったが、素がでかけていたのに春は気がついた。不自然に間が開いた名探偵の言葉は、絶対に‘あんた’と言おうとしていた。
ヒソカは名探偵の不信な間も気にせずに、自身が犯人だと言った男性の前まで歩を進める。これには名探偵も女性同様に止めに入りはしなかった。むしろ道を譲る素振りさえ見えた。ヒソカが何をしようとしているのか伺っているのだろう。
ヒソカはイケメンだ。今の格好なら間違いなくイケメン確定だ。しかしそれらを蹴散らすほどに異質な存在感がヒソカにはあった。
間近に立たれて、従業員である男性がビクリと肩を揺らす。ヒソカは絶えず笑っている。笑いの中に奇妙な凄みがあるせいか、男性が一歩足を後退させた。

「血の匂い…」
「は、はい?」
「君の体から濃い血の匂いがするんだよねぇ…でも、そこの彼女のとは違うみたい。昨日あたりに人一人殺ってるんじゃない?」
「え…」
「それにその胸元のハンカチだけど、君のじゃないよね?血の匂いが一番強いのはそのハンカチから…多分、殺った人間の戦利品か何かじゃないかな?」
「は?ちょ、ちょちょっとまってくれ!いきなり何を言い出すのかと思えば…血の匂い?あんた犬かなんかかよ?そんな目に見えないような訳の解らない理由で俺を犯人扱いしようってのか!」

なぁ!皆だって馬鹿げてるって思うだろ!

男性が声を張り上げると、同調するように周囲も声をあげ始めた。ベージュスーツの女性も目が点だ。まさかそんな理由で犯人だと定義付けるとは思ってもみなかったのだろう。
この場でヒソカの言葉を真に受ける人はいない。ただし、春を除いては。名探偵は成り行きを見守ってか静観している。
春は名探偵の沈黙が怖かったが、ヒソカの異常な性癖(?)を知っている為、ギャルソンの彼から血の匂いがすると言うならそうなのだろうと確信した。

「そこの彼女に使用した凶器は毒薬。速効性じゃないね、睡眠薬を複合した奴を使ったのかな?前に友達が試験的に使ってた毒薬の症状に似てるから…多分当たり。動機は大方、昨日の殺人現場をそこの彼女に見られたって感じかな?」

ねぇ どう?

「な、にを根拠に!」
「血の臭いの他にも、君からは濃い憎悪も感じられるんだよねぇ…瞳に映る狂気がまたなんとも、たまらなくソソられる。」

いいねぇ… 凄く、イイ(ハート)

「は…え?」

ヒソカの言葉に、ギャルソン男性が初めてたじろいだ。言葉だけ聞いていると、ヒソカはたまらなく変質者だ。それはもう超弩級の変態である。
これには春も盛大に引いた。引くなんて軽いものではない、完璧なるドン引きだ。可愛そうに、ヒソカの発言が聞こえてしまったのか、名探偵も口をひきつらせている。
周囲の人垣も、二人の回りを中心に、さざ波のように引いている。
周囲の事など眼中にないのか、ヒソカはちっとも気にする素振りを見せない。
ギャルソン男性がまた一歩後退した。詰めるようヒソカも一歩前に出る。

「君の歪んだ殺意的感情は随分と長ーい間蓄えられたモノみたいだねぇ…、でも純粋な殺意のような鋭利さはないみない。そうだねぇ……。愛憎、と、言った方がいいかもしれない。まぁよくある話だよね。愛情が殺意に変わることなんて、本当によくある話しさぁ。珍しいことじゃないけど、今日のは大勢の人がいるなかでの犯行だし?よっぽど、そこで倒れている彼女を殺したのは自分だって事を沢山の人に見てもらいたかったんだねぇ」
「………」
「ふふ、最初は愛しい人を此の手で葬れたのが嬉しかったんだろうけど、毒殺した彼女の場合は口封じの為だけじゃあないだろう?」
「?」
「楽しくなってきたんでしょ?彼女を、人を、殺すのが、たまらなく快感になったんでしょ?だから殺人現場を彼女に見られて、殺す理由が出来たことにも喜んだ」
「………」

ギャルソン男性は喋らない。少し顔が青い気もする。ヒソカは獲物を前にした時同様怪しく舌舐めずりをした。

「なんでそんな事解るのかって顔してるね、ふふ」

前にね 君みたいな人を見たことがあるんだよ

「何人も、何人もね」

ふふっと笑うヒソカはどこか楽しそうだった。
誰を思い出しているのだろうか。ヒソカの瞳には既にギャルソン男性が見えてはいないようだった。
と、ヒソカの動きが目に見えて停止した。遠目でも判るほど驚いたその表情は、ヒソカを知る誰もが見たことのない部類に属していた。

「200点…」
「え?」

その言葉と同時に、自動扉の開く音とお客様の来店を告げるBGMが店内に鳴り響いた。







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