構わないと拗ねてやる






「ねーねー」

仰向けに寝そべって足をほんの数センチ床から浮かせるという地味な筋トレをしていたら間延びした声を掛けられた。
声の主はソファーに横になっていて、俺とは頭の位置が逆なもんだからバタつく足が視界の端にちらちらと登場する。

自分の爪先を睨むように見つめたまま呼びかけを聞き流すと、ピースサインを作った左手が俺の両足をそっと押さえた。
地味な筋トレに地味な負荷が掛かる。何だこれ、地味すぎる。

「ねーねー」

何がそんなにピースなのか、チョキのまんまの左手。
右手には閉じられた本。
間延びした声は変わらず、退屈そうに足はバタバタと暴れ続ける。

「ねぇ、ねぇ」

ちょっとだけトーンの変わった「ねーねー」で、踵を床に下ろした。
指二本分のスキンシップが終わり、ピースサインはふにゃりと曲がって何を示しているのかわからない。
強いて言うなら……鼻フックの形に似ている気がしないでもない。

「そんなにねーねー言ってたらねーしか言えない体になっちまうぞ」
「それは困るね。アスマの名前を言えなくなったらどうやって呼べばいいの」
「お前にねーって言われたら振り向くぜ、俺は」
「ウソだよ、今だってほったらかしたくせに」

ソファーから振り下ろされた足が顔を掠める。
人の頭を足蹴にしようなんざ良い度胸だ。

「呼び掛けてばかりいないでさっさと用件を言えばいい」

耳のすぐ横にある足の指を摘んだ。
カカシは俺の顔を見つめたまま中指だと呟き、俺は再び足を床から浮かせて薬指だと答える。

ちらりと俺に摘まれた指を見て、間違いなく薬指が捕まえられている事を確認してから黙って俺の足にピースサインを突き立てた。
カカシは悔しくないフリをしているし、俺は苦しくないフリをしているのだからお互いなかなかの見栄の張り合いだと思う。

ゴロゴロと寝返りをうっては体勢を変え、今度は腹に膝をのせられる。
まさに鍛えられている途中の腹筋を徐に潰されたせいで、グエだかグフだか、何やら情けない音が喉から漏れた。

嬉しそうに笑い飛ばすカカシが俺を踏むためにソファーからギリギリ落ちない不安定な体勢で頑張っている事に気が付いて、俺も思わず笑ってしまう。
膝の下でプルプルと震える腹に限界を感じ、再び踵を床に戻した。
不意に真剣な顔をして俺を見下ろした。
読み終えた本をテーブルに置き、体を起こしたカカシは両足を揃えて俺の腹の上にのせる。

何を考えたらそんなにも失礼な行動がとれるんだと呆れる。
膝の裏に腕を差し入れて引き寄せたら素直に俺に跨った。

「ねーねー」

もしかしたらいつもよりも少し硬くなったかもしれない腹筋の上を円を描くようにカカシの指が滑る。

先ほどの言葉通り、今度はしっかりとカカシに目を向けたら気の抜けた顔で笑みを作ってもう一度「ねぇったら」と言った。

「自分磨きも良いけどさ、相手してくれないとつまんない」
「そうか」

思ったよりも棒読みになった返事が不満だったようで顔の横につかれた両手が頭の動きを封じる。

どうして俺が自分磨きに勤しむ羽目になったかって、それは読書中のカカシの膝を擽るなんて地味なちょっかいを掛けたせいで。
そんなちょっかいを「集中したいから止めて」と地味に拒絶されたせいで。
それなのに自分の用事が終わればつまんないときたもんだ。
……まぁ別に良いけど。

床の冷たい所を探してフローリングに張り付けていた手でその腰を抱いたら心なしか笑みが深まった気がした。

「何したい?」
「なんでも良い」
「それなら本の続きでも読んどけ」
「やーだよ。構わないんなら拗ねてやる」
「もう拗ねてんだろ」
「いいや、まだ…」
「違う、俺が」

まだ、これから。
そう言うはずだったカカシは口を開いたまま喋るのを止めた。
首を傾げ、顔を近付け、かと思えば背筋を伸ばして遠くから俺を眺める。
ペタペタと手のひらで顔に触れ、髭を撫でてまた首を傾げ。

「…何それ」
「何って別に」
「ナニそれ、かわいい」

可愛いときたか。

これといって言うことも無くむにゃむにゃと口を動かした俺をもう一度しげしげと見下ろして、アスマでも拗ねちゃう事があるんだね、と。
言った顔はやけに清々しく、妙な使命感の溢れた締まった表情になっている。

前髪を掻き上げ天井を仰ぎ見たカカシは暫し何かを考えているような間を空けて、やっと視線が降りてきたと思えば

「とりあえずチューしようか」
「とりあえず、か」

それは何つーか、アレだな。
嫌いじゃねぇぞそんな提案も。

俺が本当に拗ねていたかというと決してそんなはずはなく。
カカシのとりあえずがとりあえずだけで終わるかというと、決してそんなはずもなく。

「よっこいせ」
「うわー…おじいちゃん、だいじょーぶ?」
「年寄り扱いすんな。腹筋が疲れてんだ」
「……地味だねぇ」

今日はとことん地味な日なんだと笑った俺を、地味なアスマも嫌いじゃないよと抱き締めて。

「さてと…やるか!」

気合いを入れたらムードが無いと叱られた。





11/05/19

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