きっと僕は卑怯だと思うよ






「これ、私じゃないと駄目ですか?」

任務依頼書に目を通したら呟かずにはいられなくて、思わず目の前にいる三代目に問い掛けてしまった。

「あぁ、是非ともはたけサクモにお願いしたいとの事だ」

単独なら何の問題も無い。
が、自分の名前の下には彼の名がある。
できる事なら彼と2人での任務は避けたかった。

「どうしても、ですか…?」
「お前がそんなに渋るなんて珍しいな。何か行きたくない理由でもあるのか?」
「いや、あの…別に」
「…出発は今夜だからな。早く支度を整えた方がいい」
「了解しました。失礼します…」



はぁ…マズいよな。

彼の向ける眼差しには、憧れや尊敬とは違ったものが含まれている。
初めて会った時からこれまでに少しずつ変化してきた彼の心境を、何よりも正確に映し出しているあの青い瞳で見つめられる事から逃げていた私としては彼と2人で任務に赴くのは危険な事のように思えた―――





それでも、木の葉の忍として任務から逃げるわけにはいかなくて。
今夜の任務―要人暗殺―へと向かった。

「サクモさん、よろしくお願いします」

月夜の下、輝く笑顔は随分とあどけない。

「こちらこそ、よろしく」

彼の気持ちがどうであれ、任務は成功させなければいけない。そして彼の実力は信じるに値するものだという事は知っている。

(余計な考えは捨てて集中しよう)

一切の疑念を捨て去って彼に笑顔を向け、ターゲットである大名の屋敷へと進み始めた。





自らの生命が狙われている事を悟っていたのか、屋敷には数十という護衛がいた。
が、忍でも無い彼等を倒すのは難しい事でもなく、小さな傷は負ったものの難なく任務を終えた。

「さて、と…里に帰ろうか」

頭から被った返り血を適当に拭いながら、彼を振り返った。
自分よりも随分と綺麗な状態で敵の死体の山の真ん中に立っていた彼は、一足先に外へと踏み出した私の方をジッと見ている。

「大丈夫かい?」

ただ呆然と立ち竦む彼に向かって声を掛けた。…つもりだった。

しかし、一瞬目を離した隙に彼はその場から消えていて、見下ろした自らの腰には男の腕が回されている。

「…相変わらず、君の速さは素晴らしいね」

たぶん、見当違いな呟きだったんだと思う。
私を後ろから抱き締めたまま、クスリと笑ったのが背中越しに振動で伝わる。

「せっかく返り血一つ浴びずに任務を終えたのに、こんな事をしては台無しだろう。離しては、くれないか…?」

また一つ。
彼の笑い声は、やはり無邪気な子供の様だ。

「オレが離すって思ってないでしょ?」

冗談めかした声のトーンで。
それでも彼の腕にこもった力が、本気だという事を伝えてくる。
これまで必死に目を逸らしてきた彼の気持ちが触れ合った所から一気に流れ込んでくるようだ。

「サクモさん、オレ…」
「…言ってはいけないよ。今すぐ、この手を離すんだ」

これまで通り、同じ里の仲間としての関係を続けたい。
そんな望みを押し通そうと中途半端な優しさを与え続けたのは間違いだったんだろうか?
彼の気持ちに気付いた時点で冷たく突き放せばよかったのか?

「聞いてください」
「頼むから、離してくれ…」

嫌なら、今すぐにでも振り払えばいい。術を使ってでも逃げ出せばいい。
それなのに、何故私はそれをしない?
ただ両の手で耳を塞いで。
そんな事をして何から逃げられるというんだ。

「オレは、サクモさんを忍として尊敬してます。同じ里の仲間であることを誇りに思っています。でも、それよりも…男として、貴方を愛してるんです……」

あぁ…ついに、言わせてしまった。
ずっと逃げてきた現実を、こんな状況で突きつけられてしまっていったい私はどうすればいい?

「…君は男で、私も男なんだよ?」
「性別なんて…関係無い。どうしようもないんです……」

そう言いながらも君は震えているじゃないか。
本当は怖いんだろう?

「血を見たら、本能が擽られるってホントなんですね」
「え…?」
「血にまみれて、全身に月光を浴びたサクモさんが綺麗で…」

君は何をする気なんだ?

心の中で問い掛ける。
答えなんてわかりきっているのに。

「…ごめんなさい」

謝るなら止めてくれればいいのに。

そう言おうとした時には、既に視界が遮られていた。

「君は…本当に素早いんだね。里一番じゃないのかな?」
「そんな悠長な事を言ってて良いんですか?」

腰に回されていた腕が不意に離れた。
唐突に闇に放り出されて戸惑う。

が、それも一瞬の事。
すぐに両手を掴んだのは、震える手のひらだった。

ここで逃げたら彼は傷付くだろうか?

そんな事を考えた隙に両腕をしっかりと縛られた。
解こうと腕を動かして、紐にはチャクラが流れている事に気付く。

「これじゃあ解けないな…」
「解かれちゃ困るんです」
「っ…」

不意に耳を舐め上げられて、思わず息が詰まる。

立ったままの姿勢で、再び後ろから抱き締められて。
自分の体に触れていく彼の手の感触だけが今いる世界の全て。
外気に比べると随分と熱いその指先に、体が過敏に反応する。

「やめっ…」

全裸に近い状態にされたのを肌で感じて身を捩ってはみたものの、腕の力が抜ける気配はない。

膨らみの無い胸を優しく撫で回しながら反対の手でやわやわと雄を握られて、立っているのが精一杯になってくる。

「んんっ…離してくれ……」
「サクモさんも、血を見て興奮したんじゃないですか?」
「は…ぁ、そんな事は無いよ…」
「ウソ。ここ、勃ってる」

欲情した男の声が耳元で囁き、自らの先走りが彼の手を濡らして卑猥な水音が聴覚を刺激する。
視覚を奪われる事によって敏感になった他の感覚が、彼の手によって与えられる快感を嫌になるほど忠実に伝えてくる。

「もう、やめないか…?」
「止められない事くらいわかってるんでしょ?」

彼の指が、一本潜り込んでくる。
耐え難い異物感に背を反らすと、自然と開いた口からは何とも言えない呻きが零れた。

「辛いですか?」
「っん…ぁああ!」

頷こうと首を僅かに動かした瞬間、強引に指が増やされた。

「苦しい、ですか?」
「は…ぁっ……や、めて…くっ」

膝から力が抜けた。
崩れ落ちそうになるのを支えられて、より深い所を指先が探っていく。

「だ、め…だ!も、やめっ…」
「サクモさん、聞いて?」
「や…」
「オレ、貴方が好きだから。今から貴方を抱きます」
「っ…」
「貴方は抵抗しました。でも、オレは術で貴方を縛って、無理矢理抱きます。いいですか?」

何故、そんな事を訊くんだ?
私が頷けるはずがないだろう?

彼の言葉の意味が理解できない内に指は静かに引き抜かれて、代わりに指よりもっと熱い塊があてがわれる。

「これは、貴方の意志を無視した行為ですから…」

立ったまま、寄りかかる物も無く。
ただ足を大きく開かされた状態で、後ろから回された腕に支えられて。
少しずつ、でも着実に、激痛を伴いながら欲望がねじ込まれてくる。

「は、ぁ…あっ…ぅ…」

体が裂けてしまいそうだ。
痛い。苦しい。痛い痛い痛い

「っねが…や、め…てっ!」

掠れる声は闇夜の中へと吸い込まれた。
私の懇願に返事は無く、体内で脈打つ彼の雄と、太ももを伝っていく液体の感触だけが妙にリアルだった。

「頼むからっ…」
「動きますね。」

グチュリと音を立てて彼が出ていく。内臓を掻き出されるような感覚に、上半身が揺れた。

(倒れる…)

前のめりになった体を支える術がなく、傾く体をそのままにしたが、地面に突っ伏す前に肩が柱に当たった。

(あぁ、そういえばここは屋敷の玄関なんだっけ…)

周りに何も無いと思ってたが、よく考えたら彼に捕まったのは屋敷から一歩を踏み出した時だった。

「ちょうどいいや。そこで体支えててくださいね」
「ぐぁっ!!」

力強く腰を打ち付けられる。体を貫かれる衝撃に低く呻いても、もう彼の動きは止まらない。

「サクモ、さんっ…!あっ…、んっ…」
「つぅ…く、ぁああ!」

勢いよく打ちつけられるそれの先端が不意に何かを掠めて、これまでに感じた事のない快感が駆け抜けた。

「ん…気持ち、良いですか?」
「っちが……あ、はっ…だめだっ…」
「気持ち良いって言って…?」

グチャグチャと後孔を突き上げられながら、自身に指が絡められる。
パタパタと雫が地面に落ちる音がやけにハッキリと聞き取れた。

「スッゴい溢れてる…ねぇ、気持ち良いって言ってくださいよ」
「あっ、あぁ!」
「言えるわけない、か…無理矢理抱かれて良いわけないですよね」

無理矢理、の部分をやたら強調したその言葉が耳に入ってくると同時に、自身の先端を指で引っかかれた。

「ひっ…ぁああっっ!!!」
「んっ…!!」

唐突な快感に促されるままに吐精してしまう。
数秒遅れて、体の奥に熱が吐き出されたのを感じながら、ゆっくりと息を吐いた。

「は、ぁ…」

彼も一度大きく深呼吸をしてから、ズルリと抜け出ていった。
支えを失って、柱伝いに体が崩れ落ちる。

「けほっ…あの、解いてもらってもいいかな?」

抜き去ると同時に気配を消してしまった彼に、情けないほど掠れた声で訊いてみる。返事は無い。

「頼むよ。この姿勢は、少し辛いんだ」

膝とか顔が地面で擦れて痛い。
できる事なら早く服装も正したかったし、縛られて強張った体をほぐしたかった。

なのに、いつまで経っても彼が動く気配は無く地面に放り出されたままジッとしておくしかない。

「参ったね……私は君を傷付けてしまったかな?」
「そんな事っ…」

反論の声が上がる。

「良かった。まだ傍にいてくれたのか」

あまりにも反応が無いから置いていかれたのかと思ったよ、と笑いながら言うと、どうして笑ってられるんですかと今にも泣きそうな声が返ってきた。

「どうしてって言われてもね…」
「怒って……怒鳴り散らしてオレを殴って二度と顔も見たくないって言えばいいのに…」
「じゃあそうする為にも腕の紐を解いてくれないか?」

苦笑いを零してそう言うと、やっと腕に巻かれていた紐からチャクラが消えてスルスルと解けた。
すぐに視界を遮っていた額当ても取られる。
長時間目を瞑っていたせいか、月明かりさえも眩しい。

「ふぅ…体が痛いな」
「…ごめんなさい」
「目がシパシパする」
「ごめんなさい…」
「声も出しにくいし、体を動かすのも辛いよ」
「ごめ…、さい…」

ゆっくりと体を起こして、体についた泥を拭いグッタリと柱に背中を預けながら呟く。

一言発する度に彼は頭を垂れ、最後には今にも零れ落ちそうな程に涙を溜めて謝った。

「君は私を抱けて満足したかい?」
「こんな…こんな事をしたかったんじゃないんです…」
「無理矢理抱きたかったわけじゃない?」

小さく、首が縦に振られる。

「やはり、傷付けてしまったんだね。すまない」
「サクモさんが謝る事じゃないでしょう!?何で…」

驚きに見開かれた瞳から涙が溢れた。

「私はね。君にそんな表情をさせる程、価値のある人間じゃないよ」
「え…?」
「きっと私は卑怯なんだと思う」
「何言って…」

君の気持ちに気付いていながら、知らないフリを決め込んで。
嫌われるのが怖いからと突き放さずにいたくせに、受け入れてあげる事もしなかった。

「本気になれば逃げられたはずだったんだ。それさえもしなかったくせに、責任を君に押し付けようとしてしまった」

君が、無理矢理の行為だと言ってくれたから、その言葉に甘えてしまった。
これは自分の意志とは関係ないんだ、と。

「私は、卑怯だね。情けないよ…」
「卑怯なんかじゃないです…オレは、サクモさんに拒まれないのを良いことに付け入ってきたんですから」
「…こっちにおいで」

手招きすると、こちらの様子を伺いながらおずおずと近寄ってきて、すぐ傍にしゃがみ込んだ。
風になびく金髪に、そっと指を絡めてみる。

「思ってたより柔らかいんだね」
「そ、かな」

右手はそのままに、左手で頬に触れて、流れた涙を親指で拭った。

「…あったかいな」
「サクモさん…?」
「君に甘えてばかりじゃ申し訳ないからね。」

キョトンとした顔は、やはりどこか幼さを残していて。
クシャクシャと髪の毛をかき混ぜてみると、心地良さそうに瞳を細める。

「君もまだまだ子供なんだ」
「どういう意味ですか…?」
「何だか自分が馬鹿みたいでね」

そんなに難しく考える必要なんて無かった。
この瞳から逃げる必要も無かった。
受け入れるとか、拒むとか。
それ以前の問題だ。

「どうしたらいいのかな?」
「全然会話が読めてきません…」
「君の事を知りたいんだ」
「へ?」
「好きとか嫌いとか。愛してるとかそうじゃないとか。そんなの相手を知らなきゃ決められないからね」
「えっと……」
「君は私を見てくれてたけど、私は君から目を逸らしてばかりだった。少し順番は違ってしまったけれど……君について色々知ったら、これからどうするかも決まると思うんだ」
「サ、クモさ…」
「その涙はなんだろう?」
「嬉し涙です…」
「そうか。それは良かった。…でも出来れば君には笑っていて欲しいな」

繰り返し涙を拭うと、鼻を啜りながら泣き笑いを浮かべてくれる。

「素直でいいこだ」
「オレの事、子供扱いしすぎです…」
「まぁいいじゃないか。それより、少し言いにくいんだが…」
「何ですか?」
「…君の、あの素早さで…里まで連れて帰ってくれないかな…」
「…?」
「その…つまり、足腰がね…立たないんだ……」

何だか酷く恥ずかしくて、彼の目を見ては言えなかった。

「へへっ…嬉しいな」
「何がだい?」
「サクモさんにお願いしてもらえるなんて」

この青年の喜びの基準がわからなくって首を傾げたけれど、目の前で満面の笑みを浮かべられると思わずつられて笑ってしまう。

「帰りましょうか」
「よろしく頼むよ」

里までの道のりも。
これからも、ね。





06/04/08

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