神様なんぞあてにするな






雨の似合う男だ。

そんなことを考えるのはガラじゃねぇなと思いながらも滴る水を髪の毛ごと掻き上げる姿に考えずにはいられなかった。

カカシには雨が似合う。

が、良い男ぶるにも限度があるだろう、とも思う。
滴るどころか滝のように流れる雨はいい加減拭うのも諦められたようだ。
色が変わって重そうに見える服はぺったりと肌に張り付いて雨粒の入り込む隙間がなくなっている。
あんなに濡れて口布は呼吸を遮らないのだろうかと余計な心配をしたくなるほどカカシはずぶ濡れだった。

どういう状況なのかがわからずしばらく見守ってみるかと決めたのは5分……いや、10分ほど前の事だろうか。
傘にパタパタと水滴の当たる音を聞きながら、ただ道端に立ち竦むカカシを眺める。
前にもこんな事があった気がすると、既視感を覚えながらただじっと。

開いたままの傘を地面に置いて、俺が見ていたのと同じくらい熱心に足元を見つめ続けたカカシが不意に顔を上げた。
こんなにも濡れている男がいるのに尚も雨を降らせ続ける空を睨むように見上げる。

カカシが動いたおかげで見えたのは、見慣れた傘に守られた段ボール箱。
時折小さな三角が箱の縁から飛び出してチラつく。

「…なるほど」

誰かとの待ち合わせならば邪魔しちゃ悪いと思ったが、あれが理由ならむしろ俺が行くべきだろう。
潜めていた気配を少しずつ滲ませて、たまたま通りがかった風を装う準備をして一歩目を踏み出した。

『よぉ、どうした?』

頭の中に発する言葉を用意しながら下ろされた足は見事に水溜まりに着地し、パチャンと盛大に跳ねた水音にカカシが振り返る。

これはちょっと…何つーか、ダサい。

「何やってんの?」
「ああ、いや…まぁその、何だ。お前こそどうしたんだ?」

左足の靴にだけ入り込んだ水がぐちゃぐちゃと不快な音を立てる。
時々グシュッと泡立つような感触は気にしないフリでカカシに傘を差し出した。
大人しくその狭い円の中に潜り込んできた体からはポタポタと雫が落ち続ける。

近くに寄るとカカシの傘が視界を遮ってその下に何がいるのかが見えなくなった。
覗き込もうと屈めた頭が髪の毛を引いて元の位置に戻される。

「見る前に聞いて」
「何だよ」
「拾おうとした俺が悪いんじゃない。捨てた人が悪いんだ」
「そんなにとんでもない物を拾う気なのか?」
「ううん、ただのネコだよ」

ザアザアと賑やかな傘の下、雨の音に邪魔をされながらも聞き取った「ただのネコ」という単語。
いつもならネコを拾おうとしていたという事実さえ誤魔化そうとするカカシが言い捨てたその単語。
聞き間違いかと思って横を向いたらあからさまに視線を避けて、また空を見上げている。

「空に何かあるのか?」
「いや、雨が降ってるなぁと…」
「随分とわかりきった事を言うんだな」

聞こえた溜め息を合図に足元の傘をそっと退かした。

ニーニーぴゃーぴゃー鳴く奴……いや、奴ら。
また元通り、傘を戻す。

「カカシ」
「ネコだよ」
「カカシって」
「ただのネコだよ。ごくフツーの。何の変哲もない」
「なぁカカシ。空に、何かあるのか?」

傘の下のあいつらをただのネコだと繰り返すカカシに俺は質問を重ねた。

もう一度訊かれて改めて空を見て、今度は返事までに随分と間が空いた。
その間にも傘1つ隔てたところで存在を主張し続ける奴らがいる。
これだけ鳴く元気があるならば、きっとすぐに大きくなるだろう。

「何か言いたいことがあるなら急げよ。段ボールに水が染みてる」
「じゃ、一つだけ。いい?」

男二人、相合い傘で立ち竦んでいるというのに道行く人は誰も足を止めやしない。

世間ってヤツは思いのほか冷たい。

「早く言え」
「神様が何とかしてくれたらイイのにと、そんなコトを思ってしまったんだよね」

溜め息混じりに呟いたカカシが俺の方を見た。
俺はその言葉を意外に思ってカカシを見た。

奇妙な沈黙が訪れて、何故だか見つめ合ったまま。
何か言いたげに薄く口を開いたままのカカシは不意に手を伸ばして俺の顔に触れた。
指先が当たって気付く。俺も、口を開いたままだ。

動けずにいた俺達を現実に引き戻したのは飛沫を上げて駆け抜けた通行人だった。
パシャンと跳ねた泥水が膝から下を冷やし、俺の唇に触れたままのカカシが眉を顰める。

「冷たいなぁ…」
「……さて、帰るか」
「え、置き去り?」
「まさか。早く持て。底が抜けないように気を付けろよ」

足元に開かれていた傘を畳んで箱を抱えたカカシごと自分の傘の下に入れる。
箱が濡れないようにと傘を傾けると自分の左肩が冷たい。
神様ってやつもなかなか冷たいもんだと止まない雨にひとりごちて、もう少しだけとカカシを引き寄せる。
長い時間雨に打たれていたカカシもいい加減体温を奪われて指先が白く、冷たい。

帰ったら、コイツを風呂に放り込もう。
俺がネコにミルクをやればいい。
家にまだ粉ミルクはあっただろうか。
ほ乳瓶のゴム、噛み切られたままだったか?

ネコを拾うのは決まってカカシなのに世話をするのは何故だかいつも俺で支度にもすっかり慣れてしまった。
必要なものを頭に思い描く俺の横で一人楽しそうにカカシは笑みを浮かべる。

「ニヤニヤすんなよ」
「アスマがほ乳瓶片手に子猫をあやす姿がまた見られると嬉しくって」

この子達にとってはアスマが神様だね。

そう言って、まるっきり他人事のように笑う。

「頑張れクマ様」
「もう神様おしまいかよ。…なぁ、ところでそれ何匹だ?」
「当ててみて」

今更になって箱の口を閉じるようにして中身を隠し、ほら早くと急かしてくる。
一歩、また一歩と水溜まりを避けカカシに歩幅を合わせ、歩きづらい思いをしながら考えた。
さっき覗き込んだ感じでいくと……

「20くらい?」
「惜しい。19だよ」
「大して変わんねえなぁ…」
「大違いさ。20匹台と10匹台の差は大きい」
「変わんねぇだろ?」

カカシの足が止まった。
一歩行き過ぎてから慌てて後ろに下がる。
傘を差し出して腕を引いた。
一言だけ「変わるよ」と呟いて、またすぐに歩き始める。
様子の変わったカカシにとりあえずついていった。
家の前、鍵を取り出し玄関を開ける。

「…一応悩んだんだ、拾って大丈夫かどうか」
「で、20匹いなかったから良いかって?」
「結論出す前にアスマが来てくれた」

先に入らせて後ろ手にドアを閉めた。
暗闇に包まれた空間で、雨の音の代わりに猫の鳴き声がニャーニャー響く。
差し出された箱を受け取った。
濡れたせいで少し軟らかくなった段ボールが、その分ネコたちの動きを伝えてくる。

「腹減ってんだろうな」
「俺も」
「お前は風呂の後な。早く入ってこい」
「うん、ありがと」

いそいそと服を脱ぎながら廊下を歩いていくカカシの背中に声を掛けた。

「どうせ拾っちまうんだから次からは悩まなくていいぜ?」

お前が風邪をひくほど悩まなきゃいけないようなことではないから、と。
多少大変な思いはするが気に病むことはないと。

俺の言葉が聞こえているのか、いないのか。
靴下やシャツを点々と残して進んでいった男がズボンを脱いだままの形で置き去りにする。
パンツのゴムに手を掛けて風呂場のドアを開け、「アスマちゃんもそんなに濡れるまで見守ってくれなくていいよ?」と言い残された。

湿った肩や跳ね返りで濡れた足を眺めてからそそくさと部屋に上がった。
揺れる箱に苦情でも言うかのように鳴き声は大きくなる。

「やっぱりバレてたか」

呟いた時だけ示し合わせたように静かになったネコたちをテーブルにのせ、水を張ったやかんを火にかけた。





10/10/04

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