首を傾げて 右左





「ふふん、イイだろ」と偉そうに胸を張った先輩はあまりにも長い沈黙で少し不安になったようだ。
おにぎりをかじった最初の一口にきちんと昆布が入っていることに感動して動きを止めた僕の前で手をひらひらと振ってくる。

「ねぇ、聞いてる?」
「ここに具が入ってるって事は満遍なくこの中には昆布が詰まってるっていう話ですよね」

絶妙な塩加減と米の硬さだけでもかなりのポイントの高さだったのに、具のバランスもばっちりだなんて最高だ。

一口分だけ欠けてしまったおにぎりをしみじみと眺めて言うと、二人の間にあったそれに大きく口を開けてかぶりついた先輩が何やらモゴモゴ呟いた。

「信じられない!何てことを…!!」

大げさに騒いでみせても慌てた様子もなくゴクンとご飯を飲み込んで、また口元に笑みが浮かぶ。

「羨ましいんでしょ?素直に悔しがってよ」
「どうして羨ましがると思うんです?」
「だってほら!」

今度は両腕を突き出してきた。

「長袖だよ、長袖」
「そうですね」
「……つまんないなぁ」

リアクションの薄さにたいそう不満そうな先輩は袖をギリギリまで伸ばして大半を隠した手をテーブルについた。
あからさまなため息を頭に受けながらおにぎりを完食した僕はやっと顔を上げてマジマジと先輩を見る。

「だって先輩、去年も僕に長袖を自慢しに来たでしょう」
「そうだっけ?」
「そうですよ。更に言うなら一昨年も、その前も来ました」

そう言って食後のお茶を啜ると先輩は腕を組んで首を傾げ、眉間に皺を刻んで反対に傾け、「うーん…」と唸ってもう一度反対に戻した。

「覚えてない」
「3年前、先輩が暗部からいなくなることにショックを受ける僕に長袖を見せびらかしに来たでしょう」

一昨年も、去年も、上忍師になるという部分には触れず長袖にばかりハシャいでいた。
今考えればそれも優しさだったのかもしれないと思うけれど、あの時のショックの大きさは先輩には想像もつかないだろう。

「どうせ今年も戻って来るんですよね」
「いや、今年こそは長袖で過ごせる!」
「どこからそんな自信が…」
「火影様によろしく頼むって言われたから」

毎年教え子を認められずに暗部に出戻ってきている先輩を皮肉ったらやけに自信満々な答えが返ってきた。
火影様に言われたということは、つまり先輩じゃないと手に負えないってことだろう。

先輩の様子からしても、今年こそは本当に暗部からいなくなってしまうかもしれない。

「…どうしても言っておきたいことがあります」
「うん?」

嬉しそうに眺められていた袖に覆われた腕を掴んだ。

「な、に…?」
「先輩は腕の魅力の何たるかを全くわかってない!」

呆気にとられて向けられた視線は気にせず散々見せびらかされた袖を捲る。
二、三度折って袖を短くし、反対の腕もそれに合わせれば綺麗なラインの手首が露わになった。

「ここですよ、ここ」

手のひらの側面から手首、腕の半ばまでゆっくりと人差し指でなぞったら慌てた様子で腕が引っ込められる。

「ばっ…バカなこと言って…」
「何がです?僕はノースリーブに長手袋の先輩の腕のラインが好きなのに長袖を着るならせめてこれくらいはしてもらわないと」

後ろに隠された手を掴み直してその手首に唇を寄せ、少しきつめに吸い付いた。
骨の真上だったせいであまりはっきりとではないけれど、一目でそれとわかる痕が残る。

「そんなの付けたら袖捲ってられないでしょ…」

本当に馬鹿だなぁと、今度は宥めるような口振りだった。
優しい声を出されると顔を上げられなくなって、先輩の手の甲にあごをのせたまま動きを止める。
そんな僕に手を預けたまま空いた手で髪を梳いていた先輩は、ふと何かを思いついたように軽く髪の毛を引いた。

「テンゾウ、俺寒いのがダメだから長袖が嬉しいんだけど」
「…?知ってますよ」
「こんな風に捲ってたら、手が寒いと思わない?」
「ノースリーブと比べたら……あ。」
「ん?」

閃いた僕にニッコリと笑いかけた先輩に背を向け、棚の引き出しを引っ張り出す。
目当ての物はすぐに見つかり、大事にとっておいて良かったと安堵して握り締めた。

「先輩、これ使ってください!」
「いいの?」

手甲を差し出したら満足げに頷いてくれて、これを求めて話題を振ってくれたことがわかる。
いつも振り回されてばかりだと思うけど、肝心なところで先輩はしっかりと優しい。

「大事にするよ」
「僕だと思って?」
「…そしたらすぐにボロボロになっちゃうな」
「ヒドいですね…」

両手に手甲を嵌めて何度かグーパーを繰り返してから「悪くないな」と呟いて、それから先ほどまでとは違う感触の手が頭にのせられた。

「ま、一生の別れってわけじゃないんだから。あんまり淋しがるなよ」
「淋しいに決まってるじゃないですか……」
「大丈夫。ちゃんと逢いに来るから」

さり気なく言ったわりに後から顔を赤くした先輩は、照れくさそうに僕の飲み残しのお茶を呷って窓に足を掛けた。

「またね」

ひらひらと手を振って飛び出した背中は決して振り返ってくれなかったけれど、それでもいくらか気持ちが弾む。
手甲と捲った袖の間の白い肌や隠されたキスマークを思うと長袖の先輩も悪くない。

受け取った湯のみを大切に握り締めて、もう姿が見えなくなった通りをずっと眺め続けた。





09/11/09

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